0027
2004-07-11
真実の重さ
「では、宣誓をしてください」
 裁判長の言葉に、
彼ははじめての尋問に震える手を聖書に置くと、
「わたしは神と正義に基づいて、
真実を、そして真実のみを語ることを誓います」
 はりつくのどにつかえながらも宣誓を済ませた。

「では、証人は自身の氏名と住所を述べてください」
「はい、わたしは――」
 自分の名前を言おうとして、ふと疑問がわく。
『わたしの名前は本当にわたしのものなのか?』
 彼は口を開けたまま考えた。

『たとえば生まれた病院で取り違えがあったとしたら、
わたしがいま自分の名前だと
思っているものは他人のものなのではないか? 
それとも、もしわたしが名乗っているものが
戸籍とは違ったら? 
親も気づかないスペルミスがあって、
だれもそれに気づいていないとしたら――』

「どうしました?」
 裁判長が訊ねる。
「あ、いえ。あの……」
「名前と、住所を述べてください」
 住所だって! 思わず叫びそうになる口を塞ぐ。

『名前だけでも大変なのに、さらに住所も言えだって? 
たしかに今住んでる場所にはそれらしい住所で手紙が届く。
でも、それが本当にその住所だとどうして言えるんだ? 
多少間違えたところで手紙は届く。
なのに、その住所をどう示せばいいって?』
 彼は流れてくる汗を袖でぬぐった。

『もし、真実と違うことを口にしたらどうなるんだ? 
自分で信じていた名前と住所が違うというだけで、
わたしは神と正義に背くことになるのか? 
今までだって正直に生きようとしてきた。
他人からばか正直だと笑われることもある。
それが……なぜだ。
なぜ事件にかかわりがあることを
知っているかもしれないというだけで、
今までの苦労を失わねばならないような
苦境に立たされるんだ!』

 絶望のあまり倒れそうになりながら、
彼はどうにか口にする。
「あの〜、裁判長。
先ほどの宣誓を取り消したいのですが……」
「どうしました? 
あなたはもう宣誓を済ませているのですよ」
 その言葉に彼は泣きそうな目を返し、言うのだった。
「はい……。ですが、わたしには
真実だけを語れる自信がないのです」