「……あ」
「あ」
日暮れ時のオフィス街。
横断歩道を歩いてきた二人が
向かい合って小さく声をあげた。
混ざりゆく人の流れに押されよろめきながら、
その男女はお互いの顔を見つめあう。
「久しぶり」
男が言うと、
「ひさしぶり」
女が応えた。
信号がせきたてるように点滅を始め、
二人はそろって歩道に戻る。
そして近くの喫茶店のドアを開くと
向かい合って席に着いたのだった。
熱い飲み物に、冷えた体をあたためながら
お互いの近況を語り合い、
そして、笑いながらもどこか真剣な目で、男が訊いた。
「なあ、もしむかしの自分にひとつだけ、
忠告できるとしたら……どうしたい?」
「あなたは?」
カップを置いて、女が訊く。
「おれは……」
握り締める手。
「あのときの自分に、自分のことばかり
考えるのはやめろって言いたい。……君は?」
「わたし?」
うすくほほえんで、彼女。
「生まれる前の自分に、やめとけって言いたい」