0028
2005-03-13
温度の差
「……あ」
「あ」

 日暮れ時のオフィス街。
横断歩道を歩いてきた二人が
向かい合って小さく声をあげた。

 混ざりゆく人の流れに押されよろめきながら、
その男女はお互いの顔を見つめあう。
「久しぶり」
 男が言うと、
「ひさしぶり」
 女が応えた。

 信号がせきたてるように点滅を始め、
二人はそろって歩道に戻る。
そして近くの喫茶店のドアを開くと
向かい合って席に着いたのだった。

 熱い飲み物に、冷えた体をあたためながら
お互いの近況を語り合い、
そして、笑いながらもどこか真剣な目で、男が訊いた。

「なあ、もしむかしの自分にひとつだけ、
忠告できるとしたら……どうしたい?」
「あなたは?」
 カップを置いて、女が訊く。

「おれは……」
 握り締める手。
「あのときの自分に、自分のことばかり
考えるのはやめろって言いたい。……君は?」
「わたし?」
 うすくほほえんで、彼女。
「生まれる前の自分に、やめとけって言いたい」