0178
2006-02-24
肉食獣
「なあ、昨日のアレ、見たか?」
 興奮冷めやらぬ様子で同僚が言った。
「なんの話だ?」
「オリンピックだよ、オリンピック。
すごかったなあ〜。感動したよ」
「へえ」
 おれの返事に むっとした顔をする。
「なんだよ、なんでそう無関心なんだ? 
どっかおかしいんじゃないか?」
 今度むっとするのはおれだ。
「よし、なら次の休みにオリンピックにつれてってやるよ」

 そして次の休み。
場末の薄汚れた建物の地下に、友人を連れて行った。
「なんだよ、ここ」
 不安そうにあたりを見回すそいつに、
「いわゆるドッグレースってやつさ。
この日のために鍛えに鍛えぬいた犬を断食させ、
えさに一番早く食いついたものだけが食い物にありつける」
 一段低くなったコースを囲む観客席に、
その他薄汚れた男たちに並んで腰を下ろした。
「ほら、はじまるぞ」
 飼い主に連れてこられ、
スタートも待てないように
よだれをたらしながら暴れる犬たち。
 部屋も異様な熱気に包まれていく。

「ゴー!」
 合図係の号令で、いっせいに肉を目指して走る犬。
 勝負はあっという間だった。
「ほら、見ろ」
 どっと沸く歓声。
「よだれをだらだら撒き散らしながら、
目を血走らせて自分自身の欲のためだけに
がっついて走ったあの犬が金メダルだ」
 おれは友人の目を見て訊ねる。
「どうだ、感動したろ?」