「最近テレビがおもしろいよなあ」
電車の中で、体育会系の男が話しの口火を切ると、
「いや、別に」
文系と理系の男が答えた。
「なんだ、オリンピック見てないのか?」
「見てるけど、別に」
と、理系の男。
「見てないよ」
と、文系の男。
「なんでそんなにさめてんだよ」
体育会系が聞くと、
「まさかまさか、楽しんでますよ」
二人が言った。
「一度きりですべてが決まる世界。
それまで何度いい結果を出しても、全部無視。
何度もやった中での平均や、
とことんまでやって出た最高値を
比較すらしないとは潔いばかりですなあ、文系さん」
「まったくですな、
普段は国なんて考えもないくせに、
このときばかりは国、国。にわか愛国者の祭典!
こころ踊りますよ、理系さん」
その言葉に体育会系の男は不愉快そうに口にした。
「なんでそうなるんだよ。
この国からすごい奴が出て、
他の国のやつらと競い合ってるんだぞ。
すなおにほめればいいじゃないか」
「なるほどなるほど、すごいやつときましたよ。
すぐれた人間がすべて選ばれるわけでもなく。
よくわからない選考基準、
選考者の好みもあって抽出されることに
なんの疑問もなくはしゃげるとは幸せですなあ」
「まったくですな、勝ちとか負けとか、
他人を蹴落とすことに喜びを感じるような奴ら。
普段役にも立たない筋肉たちの
汗と涙と足のニオイの祭典!」
すると体育会系は叫んだ。
「あー、うるさいうるさい。この非国民め!
おまえらなんか、国の敵だ敵!」
そして不機嫌そうに途中の駅で降りていった。
「……勝ち負け、敵味方。善と悪に生と死。
機械とはまったく縁のなさそうな肉体派が
一番デジタルとは皮肉だな」
ホームを歩いてゆく体育会系を見ながら理系がつぶやいた。
「なんでも0と1ですべて割り切れる思ってれば楽でいいよな」
文系は言い、理系の男を見た。
「やめてくれよ。おれたちはあんなのとは違う」
「でも、理系には数学オリンピックとか、
新しい公式の発見とかあるだろう。
文系には文字オリンピックも、
新しい表現の発表とかも一切ないんだぞ。
だれよりだれが優れてるかなんて、
だれにも分け切れない世界だ」
「つまり……」
理系の男は静かに訊いた。
「オリンピックに妬いてんだ?」
こくり。
文系の男はうなづいた。