結婚して一年も経たず、
だんなさんが交通事故で亡くなって
二十も半ばで未亡人になってしまった友達。
しばらくそっとしておいたほうが
いいかとも思ったけれど、どうしても放っておけなくて、
お葬式のあと一週間もたたずに家におじゃましてしまった。
「ありがとね」
どんなに落ち込んでいるのだろうと思った彼女は、
お式のときと同じように
どこかお人形のみたいに静かで薄い笑みを浮かべていた。
「ううん、別に。ただちょっと……会いたくなって」
「ふふっ、入って。散らかってるままだけど」
どこか寒々しい部屋に通され、お茶が用意されると、
彼女はわたしの向かいに座る。
胸にはぶさいくな緑色のぬいぐるみ。
「なにそれ。カエル?」
訊ねると、
「ううん、わたしだって。失礼しちゃうよねぇ」
両手で掲げると困り笑いでぬいぐるみの顔を
もにもにとつぶし、
「あの人がね、初めて会ったときにくれたんだ」
ふと、さびしい顔で笑った。
「へええ? 初耳。聞かせてよ」
「え? うん……」
手にした緑色の物体に目を合わせ、憂いのある表情。
「あのときのことは、おぼえてる」
目を細め、ここではないどこかを見る彼女。
「飲み会ですみっこに座ってたら、
上からこの子が降りてきて言うんだ、
『きみはいつも、そんな顔をしているね』。
……振り向いたら、それが、彼だった」
「へええ?」
「わたしの横に座って、
『これは君。これ、なんだと思う?』だって。
笑っちゃうでしょ?」
わたしの方を向いて、眉を寄せたまま笑う。
「 『カエル?』わたしが言うと、
『「カエルとも 言えず心で ゲコと鳴く」。
……ほんとにカエル?』
『うん、カエル』
そしたら、彼が大きな声で言うんだ。
『すいませーん、ビデオの返却忘れてたので
帰るそうです』って。
自分が帰るんじゃなくて、わたしが帰るって言うんだよ?
びっくりしたけどちょっと嬉しくて……。
多分そのときからかな、彼が、好きになってた」
照れ隠しのように
つぶしたカエルもどきの頭を優しくなでる。
「でも、悔しいなあ。
わたしばっかり好き好き言って、
あの人ちっとも言ってくれなかった。
……惚れた弱みだなあ」
「あはは、なーに言ってるの」
思わずわたしが笑うと、彼女はきょとんとわたしを見る。
「『いつも』見てたんでしょ、
お酒も飲めないのに断れないから飲み会に行って、
『帰るとも言えず、心で下戸と泣く』あなたを。
わざわざそんなぬいぐるみまで買って、
あなたの口から『帰る』って言葉まで言わせようとして。
しっかり愛されちゃってたんじゃない」
ぽろりと彼女の目からしずくがこぼれた。
「あれ? 変だなあ」
ぼろぼろと、涙を落としながら笑って見せる顔。
「悲しくても泣けなかったのに。今は……嬉しいのに」
困り笑いの眉が寄り、顔がぐにゃりとゆがむ。
ぶるぶると震える唇は、ようやっと小さな声を吐き出した。
「やだ……やだよう」
きつく抱きしめたカエルが、情けない格好でつぶれる。
「いつもどおりだって言ったのに」
涙に流され揺れる声。
「置いてかないで。帰ってきてよう……」
うつむいた顔、鼻の先を伝わって悲しみがこぼれていく。
呼びかける言葉には何も返ることなく。
わたしはただそばに寄り、彼女を抱いた……。