教育実習も終わりに近づいたある日、
朝早くの教室にひとりぽつんと座る男の子がいた。
「どうしたの?」
そばに行って椅子に腰掛けると、目のまわりには大きなあざ。
「先生さぁ、桜の木の話って知ってる?」
「うん? あの、どこかの偉い人が
こどもの頃に父親の大事にしてた桜の木を折ったものの
正直に謝ったら許されたとかいう抹香臭い話のこと?」
「先生……。まあ、そうだけど」
「それが、どうしたの?」
訊ねると机に頬杖をつき、
「あれさ、こどもに向かって言うのはおかしいと思うんだよ」
「ふむふむ」
「正直に謝るこどもなんて別に偉くないよ。
あれは誉められる親が偉いんだって」
と、ため息混じり。
「その心は?」
「父さんの酒ビン割ったら殴られた。
……こどもが正直に謝ったら誉めるもんだって、
親という親に教え込ませてよ」
「あははは、でもわたし、きみのそういうとこ好きだよ」
「おれも先生のそういうとこいいと思う」
そして頬杖に乗せた顔をふっと横に向け、言った。
「ねえ、先生。ほんとの先生になって、また学校来てよ」