0238
2006-03-14
桜と梅
 老いた父と一緒に、母の墓参り。もう何回になるだろう。
 今日は天気もよく、空はすみ、気持ちの良い日だった。
 ……と。
 広い墓の中、向かう途中に酒を飲んでいる男がいた。

 ガラも悪そうだし、何もなく通り過ぎたいと思っていると、
「どうしたね」
 父が声をかけた。地べたに座っている男は
座った目を父に向けると、
「どうもこうもねえさ。ガキ二人が死んじまってよう」
「ほほう?」
「男やもめにガキ一人。最初のは甘やかしてたらバカやって、
バイクでぶつかって死んじまった」
「ああ」
「だから次のときはちゃんとしつけてやったのによう。
自分で首つって死にやがった。なんだってんだ、いったい!」
 どん、と酒瓶を地面に叩きつける。

「なあ、『桜折るばか、梅折らぬばか』という
言葉を知ってるかね?」
「知ってるよ。桜は折ったら枯れるし、
梅は折らなきゃうまく育たないんだろ」
 父は男の横にしゃがむと、男の目を見て語った。
「こどもだって同じだ。
梅のこどもは鼻っ柱を折るほど叱らないと
花を咲かす力を失うほど無駄に散って伸びてしまう。
桜のこどもは心を折るほど叱っては死んでしまう」
「そんなの知るかよ……」
 男はがっくりと肩を落とす。

「ばかもの!」
 父がどなり、おれも男も体が跳ねた。

「知るか、ではないだろう。
知った今、それをどうするかだ。
こどもさんたちが死んで、その命を死んだからと投げるのか。
おまえさんは生きてる。
その経験を、自分のこどもでなくていい、
ほかのこどもに活かす事だってできるだろう。
おまえさんはなにかを精一杯やりとげたのか? 
ここでただ腐っていてなんになる!」
 男はぎらりと父をにらんだが、その目から力が抜けていった。
「酔いも醒めちまうよ」
 ようやく、という感じに体を起すと
男はおぼつかない足取りでどこかへ歩いていこうとする。

「あれは、梅だな」
 背中を見送りながら、父がぽつりと言った。
「今頃からどう転ぶかわからないが、
まだ花だって咲かせられるはずだ」
 教師をやっていたときの父はこんなだったのだろうか?
「……あんな父さん初めて見たよ」
 おれが言うと、
「おまえは桜だ」
 父はにこりと柔らかな笑顔を見せた。