両腕の中に抱えられるほどのガラス箱の中、
ねずみが回し車を回していた。
「おまえはいいよなあ」
実験を観察している男性がねずみにぽつりとつぶやくと、
「どうして?」
コーヒーを淹れていた女性が訊ねた。
「うん? だって、回し車を動かせば、餌が出るわけじゃない」
「まあね、そういう実験だし」
「回す努力をすれば結果が出るってわかるから、
このネズ公はがんばってるんだよ。……一方、人間はどうだろう」
相変わらずかたかたと回り続ける車に目をやり、
「人生はまわし車だ。でも軸の見えない所には
運や周りの人間との歯車が組み合わさった
ブラックボックスがあるんだよ。
一回まわしただけでたくさんの餌をもらえるやつもいれば、
何回まわしてもひとつとして餌をもらえないやつもいる」
彼は餌を取り出すと餌箱に補充し、
いとしい目をしてねずみに言った。
「神様なんて気まぐれだから、あてにするなよ」