がしゃん、がしゃん。じゃららら……
たくさんの鎖が地面を打ち、重い金音をたてる。
いつごろからか、わたしには、
人についている鎖が見えるようになった。
ううん、違う。他の人がこの鎖を見えていないと
気づいたときが、意識の始まりだった。
人はみんな鎖につながれている。まるで囚人のように。
その先についているのは重り? それとも、どこかの壁?
それが、人を縛る重しだと気づいたのは最近。
でも、鎖を直接切ることはできない。
わたしにできるのは……
「ねえ、それで息、つまらない?」
公園を横切る女の人に思わず声をかけた。
「え?」
内気そうなその人は、黒い髪をゆらしてわたしを見る。
その首には太く重い鎖が幾重にも巻かれていて、
後ろにひっぱられている。
「なにがそんなに気がかり? 後ろに残してきたものはなに?」
わたしを見る目が明らかにうろたえ、
揺らいだ首の鎖が音を立てた。言葉が核心に触れた瞬間。
するとわたしの頭に直接場面が見えてくる。
鎖の輪のひとつひとつ、この人が思いだし、つないできた風景。
わたしより幼い男の子。
制服を着た場所。教室の横顔、笑い声。
話す声、向けられる視線。卒業式、そして――
「言えなかった、言葉」
恐ろしいものでも見る目をわたしに向け、
ぎゅっと襟元を握り締める女性。
「ごめんなさい。でも、わたし、そういうのわかるから」
女の人は驚いた顔になり、眉を寄せ、目を動かし、
小さく笑うと、わたしの横に来てベンチに腰を下ろした。
「すごく、苦しい」
その人は、そっと口にする。
「わたしはこんなになっちゃったのに、
あの人はいつもあのときのまま。
もしわたしに何か言えるだけの勇気があったら、
何か変わってた?
こんなわたしにはならなかったのかもしれない、
違う未来があったのかもしれない。
なのに、なんでわたしはあのとき……
一番楽な道を選んじゃったんだろう。
こんなに後悔するのなら、ちゃんと言えばよかった。
どうなっても、言えればよかったのに」
――かちん。
鎖の輪がまたひとつ、増えた。
「過去に戻れはしないし、今も変えられない。
でも、これからを変えることはできる」
わたしは言う。
「自分を縛る鎖が重くて飛び立てないのなら、切ればいい」
「そんなこと言っても……」
「だいじょうぶ。力はあなたの中にある」
彼女を縛る、重い鎖。その先にあるものがようやく見えた。
彼女の思う人、来て――
冷たい金属を握り締め、力いっぱい引っぱる。
運命が動き、二人を導くのを感じる。
「近いうち、二人は出会うよ。
そのときが最後の機会かもしれない」
立ち上がるわたしを、期待を浮かべた目が見上げる。
「だいじょうぶ。きっとなんとかなるよ」
わたしは笑顔を一つ残し、鎖をすこし引いてその場を後にした。
それから何日か後、あの人の鎖がちりんと鳴った。
重い端と、軽い端。
あの女の人と、今のあの彼。
鎖に触れるとその姿が見えるようだった。
どこだろう、高い建物の並ぶ中、あの人は……
そしてわたしは、ずっと待ち望んだ男性の前にいた。
穏やかに笑うその人と向き合って、
心臓は痛いほど鳴りだしている。
泣き出してしまいそうな心を押し付け、
震えるくちびるをきゅっと結んで一言。
「いまさらだけど……ずっと、好きでした」
――キンッ
小さな悲鳴をあげて、鎖が切れた。
それきり彼女は見えなくなって、
わたしはすこし、幸せなためいきをついた。