0269
2006-03-24
すてきな顔
 正直わたしはこどもが苦手だ。
なにがどう嫌なのかと聞かれてもよくわからないし、
たぶんに生理的なものもあるんだと思う。
 なのに、
「せんせー、あそぼー!」
 こどもはわさわさとまとわりついてくる。
実習生の、わたしに。
 ある日、本物の先生たちは会議があるとかでどこかへ。
わたしは四・五人のこどもをまかされて、
他の実習生たちと一緒にみんなでビデオを見ることになった。

 わたしを囲み、ぎちぎちと詰めて座ろうとして、
ちょっといさかい。
「ほーらほら、喧嘩はやめよ? みんなで座ろうよ」
 こんなことでいちいち騒ぐ
ちっぽけな脳みそを落ち着かせて、
その入れ物をぐしゃぐしゃと撫でる。
隣の頭、その隣の頭、ちょっと離れたあたま。
 ……どうせなら寝かせちゃえ。

 すこしでも開放されたいと、ビデオを見ながら
こどもたちの頭を辿る。
 こどもたちは撫でられるのが好きだ。
そしてどうやら、わたしは撫でるのがちょっと上手らしい。
そんな自分の持てる力を最大限に発揮する。
 でも粘土の人形がまったりと動くのを見ていると、
なんだか幸せな気持ちになって……いつしかわたしにも眠気……。

 起きているのか寝ているのかわからない中で、
わたしの頭をもさもさと何かが動いている。
 くすぐったいような、気持ちいいような……
「ん……」
 目を開けると、女の子が前に立って
小さな手でわたしの頭を撫でていた。
「ん〜?」
 ぼんやりと訊ねると
「きもちいーい?」
 甘い顔でふにゃっと笑った。
 いつもはじっこのほうで薄い笑いを浮かべるだけの子。
こんな顔で笑えたんだ……。
「うん。これ、好きなの?」
 引き寄せて頭を撫でると、ねこの子みたいに目を細める。
「ふふふ、ほらー!」
 抱きしめながら頬を合わせて頭を撫でると、
「きゃー」
 くすぐったそうに体をよじった。
 わたしがぎゅうと抱きしめると、わたしの頭をぎゅう。
 わたしがごそごそ頭を動かすと、女の子もごそごそ。
 なんだかすごく胸が苦しくて、それに、あたたかかった。
「せんせー、なにやってんの〜?」
 いつの間にか起きていた男の子。
 女の子の顔がこわばる。
「せんせー、外行ってあそぼうよ」
 わたしの腕がひっぱられ、その子はそっと離れて行った。
 いつも、そうやって人の後ろに行ってたんだ、この子。

「ごめんね。今はだめ。一緒に遊んでるんだもん」
 逃げていこうとする女の子を抱きしめると、
「なんでだよ、行こうよ」
 ふてくされたように言った。
「そう言わないでよ」
 今まであなたたちがわたしをどれだけ振り回したの? 
わたしはいま、この子といたい。
せっかく仲良くなれそうなのに。
今のすこしの時間くらい、いいじゃない。
「ねー、先生、ずるいよー」
 ずるいってなに? いつも人のことを考えて、
わたしにもよくしてくれる女の子。
あなたたちが何をしてくれた?

 そのとき、わたしは急にこどもが苦手なわけがわかった。
目あれど見ず、耳あれど聞かず、頭あれど考えず。
別に、こどもすべてが苦手なわけじゃなかったんだ。
「なんでだよ〜、あそぼうよ〜」
 自分以外のことは考えない、
見ているだけでうんざりするような、
すてきな顔をして男の子はいらいらと体を揺らす。
「ねえってば〜」
 腕をつねり、ひっかく。
「いたたた……やめてやめて」

 でもわたしの言葉なんか聞こえないように、
「おまえのせいだぞ。どっかいけよ」
 女の子に向かって吐き捨てた。
 身を縮める女の子。
わたしの中に憎しみか悔しさか、
よくわからない熱いものがこみ上げ……
「ばか!」
 思わず叫んでいた。
「どんな顔してそんなこと言えるの! 
その顔、鏡で見てきたら?」
 言ってしまってから後悔。こども相手に何叫んでるんだろう。
 そんなわたしの顔だって、
きっと見られたものではないと思った。