0316
2006-04-06
恥の下塗り
 連休あけの出勤日。会社のトイレ前で小さい本を拾った。
 誰のだろう?
 中を開いてみると、海外旅行の本。
そしてすこし乱雑な字のメモが入っていた。
 それにはこう書かれている。

  おみやげ? → 海外旅行・検閲 → 全裸
  DDT→古い?
  パスポート・犯罪者。はかり (機会があれば)

「……なにこれ」
 とりあえずあとでどこかに渡そうと、机の上に乗せておいた。

 そして仕事がはじまったあと、横から差し出される手。
「どうぞ」
「えっ?」
 置いてあるお菓子。
見上げれば、旅行に行ってきたらしい男の子が
お土産を配っているようだった。
「わ、ありがとうございます」
 そのまま彼は他の机にも回っていく。
「おっ、海外みやげか。すごいな」
 向こうの方でおじさんが声をあげた。
「いまどき海外なんてめずらしくもないですよ。
一度行ってみればどうです?」
 男の子が答えると、
「いや〜、でもさ……」
 言いよどみ、
「検閲で、裸にさせられるんだろ?」
 どっ、と周りから笑い声。

「おいおい、今さら検閲はないだろ」
「麻薬でも持ってるんじゃあるまいし、服なんか脱がないって」
 ……あれ? なんか、今のって?
 わたしは本のメモを取り出した。
「いや、知ってるよ。冗談だって」
「またまたあ」
「ジョニ黒を持って帰ろうとしたときの
関税のかけかたとかさ、DDTを頭からぶっかける乱暴さとかで、
ちょっと思っただけだよ」
 今度は一部から笑い。
「おいおい、いつの話だよ」
「これ以上は恥の上塗りになるからやめとけやめとけ」

 違う!

 わたしは心で叫んだ。
 この人は恥の下塗りから始めて全部計算づくなんです!

 でもそれを言ったらがっかりする気がして、
わたしはメモを本の間にはさみこんだ。