0317
2006-04-06
ひとつの輪
「またなにか怒ってるの?」
 師匠が訊いた。
「あなたはそう見えて、いつも怒ってるわねえ」
 どこまで本気かわからない、
のほほんとした言葉を聞くとなんだか怒りは消えて、
変なため息と一緒にこぼれて行く気がする。

「先生は理想の付き合いってなんだと思います?」
 わたしが言うと、にこにことして続きを促した。
「わたしは、自分がごはんなんですよ。
それだけ食べてもおいしいけれど、
おかずとか、ご飯の友とかがあればもっとおいしい。
わたしはそんなのがいいと思うんです。
でも他の人は泥団子で、二つをくっつけて
一つになるのがいいみたいです」
「ふうん……」
 あごに筋ばった手をあてて、考える瞳。

「たとえば大きく欠けた鎖の輪があるとして」
 顔をあげると言った。
「ひとつの輪は思う。この欠けた部分を埋めたい。
でも、それをどう埋めるか。
そこで、別の輪を取り込んで、
ひとつの完全な輪になろうとするのが簡単。
いっぺんにたくさんのものを得て、一つになれるんだから。
けど、もちろん問題。
もともと二つのものが一つになれるわけがない。
だからそれぞれ主体をめぐって争って別れちゃう。
そしてとりこみ、取り込まれた部分がなくなるから、
欠けた部分は余計大きくなっちゃう」
 師匠は両手の指で作った輪をくっつけ、それから離して見せた。

「でも、もしこれが。欠けたひとつの輪が、
自分にはない部分を持つ輪のそばにあって、
欠けた部分を見ながら自分で埋めることができたら。
いつか二つの輪ができる。
けれど、完全に輪にはなりきれないし、そのほうが楽しいと思う。
鎖の輪みたいにすこしだけ欠けた部分があれば、
そこからあたらしい部分も入れられるし、
それぞれ他の輪とつながっていける。
そういうのがわたしは好きだけど……」
 指を重ねたまま笑う師匠。
「けど?」
「月だって、満ちたり欠けたりする。
満ちたままいるのは、むずかしい」
 顔にさびしげな影が落ちて。
 わたしはすこし、だんなさんを喪った師匠の気持ちを思った。