0332
2006-04-12
その裏側
「はい、どうぞ」
 廊下に出て次の人を呼び、また三者面談が始まる。
 特に問題もなく、責任感も強いこの子の面談は
簡単に終わるはずだった。
 でも、向かい合うとその子の母親は訴えるように口にする。
「先生、うちの子、だめな子でしょう?」
「ええ? なんでですか?」
「だって、家じゃなんにもしないんですよ。
何度言っても勉強もしない、
家の手伝いもろくにできないくらいです。
あぶなっかしくて結局わたしがやるんです。
なにもできないわりにはそれをあらためようともしない、
だめな子なんです。もう叱って叱って、毎日疲れるだけですから」
 その母親は、うんざりといった様子で深くため息を吐きだした。

「なら、学校の様子をお目にかけたいですよ。
いつも生き生きしていろんなことに挑戦していますし、
授業にも前向きないい子です」
 すると、
「そんなわけありません」
 母親は言った。
「家にいたって ただ だらだらするだけで、
ろくなことはしない子なんですよ。
わたしがどんなに叱っているか知らないんです」
 ……なんなんだろう、この人は?
「そうですか、大変ですね」
「でしょう?」
 どこか声を弾ませるこの母親に、わたしは言った。
「せっかくしつけようとしてるのに、
こどもは逆らってばかりで何も言うことを聞かない。
わたしはこんなにがんばってるのに、
こんなにこどものためを思ってるのに。
……そうやってこどもの成長に目を向けず、
大人同士ならやるべくもないことを押し付けるだけで
だめな子の烙印を押して悲劇のヒロインかなにかに
酔いしれるのはさぞかし大変でしょうね」