0333
2006-04-12
二つの仮面
 今日の三者面談もようやく終わりを向かえ、
最後の一組が入ってくる。
 でも入ってきたいつもの顔は、
生命の輝きや知性の光も映しはせず、
親と一緒のきまずさでもなく、ただ暗くよどんでいた。
「先生、この子どうです?」
 母親が訊ね、答えようとする間にも、
「だめでしょう? 家でもそうなんです」
 それだけを言いたいようにつないだ。

「なにがだめなんです?」
 訊ねるとぱっと目を輝かせ、
待ってましたとばかりにあげつらう。
「毎日どこで遊んで来るんだか遅くに帰ってくるし、
帰ってきてもごろごろするだけで何もしないし、
家の手伝いすらしません。
何もやる気がないみたいだし、
宿題が出てるはずなのにやってるところなんて
見たことないんですよ。この子、だめなんでしょう、先生?」
「そんなことないですよ。
毎日放課後まで残って宿題や勉強をやってるようですし、
授業も掃除も委員会も、ひたむきに取り組む、
明るくていい子ですよ。
ですので、ご家庭でいい教育を受けられたんだと
思っていましたけど」
 わたしが言うと、
「とんでもない!」
 驚きというよりも……憎しみのような表情でその子をにらんだ。
「家じゃ何にもやらないくせに。
おとうさんと一緒でそとづらだけはいいね、この猫かぶり」
「やめてください!」
 母親の言葉に縮こまるだけの姿を見て、思わず口にしていた。
「あなたのその目が
どれだけこどもを傷つけるのかわからないんですか? 
やらなければやらないで文句を言われ、
やったらやったでけなされる、
それでだれがやろうという気になります? 
おかあさんがだめな子として彼女を縛るから、
そう演じるしかないんでしょう。
なんでこの子の本当の姿を見ようとしないんですか! 
こんなによく気がつくし、誇れるほど優しい子なのに!」
 教師として振舞わなければいけなかったのに。
わたしはこぼす涙も隠すことなく、一人の人間として叫んでいた。