0347
2006-04-16
魂砕き
 その漢字の書き取り問題を見たとき、
彼は大好きな祖父のことを思い出した。
「しいっ」
 夜の縁側、月明かりの下。
やさしげな笑みでしわしわの指を口に当て、耳を澄ますしぐさ。
 少年もそれにならうと、彼の祖父は言う。
「さあ、何が聞こえる?」
 リーリー。
 ざわざわ。
 ちりりん。
「いろんな音」
 少年が口にすると、その頭を撫でて、
「そうだろう。それが秋のおとづれ。
何でもいきなりやって来ると、誰だって驚く。
だから季節だって来る前にいろんな音を連れてきて、
今から行きますよ、これからやってきますよと教えてくれるし、
人をたずねるときは入り口の前でセキをしたり、
戸をたたいたりして教えるのが礼儀なんだ。
それが、おとづれを『音を連れる』と書いてきた、
この国の魂なんだよ」

 そこで彼は空欄に誇らしくその文字を書いたが、
手元に戻ってきた紙を見た彼の目に入ったのは
赤々とついた×印。そしてその横のこんな文章だった。
『機械での変換は間違っていることがよくあります。
丸呑みにせずに、自分で辞書を引いて正しい漢字を覚えましょう』