0357
2006-04-18
誤診
 わたしはお医者さん、内科医だ。
 正診率は約四割。
それを高いと見るか、低いと見るかは相手におまかせ。
「パソコンが動かなくなっちゃったんですけど」
 今日もまた、助けを求める電話がくる。
「具体的には、どんな状況ですか? 
たとえば電源を押してみると、どうなります?」
「何にも反応ないですね」
 電源を押して反応なし……。電源ユニットだろうか? 
それとも、もしかすると、

「電源ケーブルが抜けている、ということもありますので、
パソコン本体にささっている部分を一度抜いて、
またさしてみてください」
「……はい。しました」
「それから、コンセント側のケーブルをいったん抜いて、
さしてみてください」
「できました」
「それで、電源ボタンを押すと、どうなります?」
「ん〜、とくに反応なしですね」
「パソコンの後ろ、ファーン、というような音、
小さな扇風機みたいなものがあるのですが、
動いているような音はしますか?」
「え、と。うーん、特にないみたいですね」
 ……とすると、マザーボードで信号が止まっているか、
電源自体が死んでいるかのどちらかだろうか。

「どうやら、修理が必要のようですね。
こちら、機種の型番やシリアル番号はおかりになりますか?」
「ん〜、よくわかんないけど、普通のだよ、普通の」
「ラップトップ……ノートパソコンや、
ブック型……薄い形ではなくて、タワー型、厚みがあって、
でんと置くタイプでよろしいですか?」
「あ、うん、それそれ」
 そこでわたしは診断書に症状と病名を書く。
  『電源が入らない』
  『マザーボード故障もしくは電源ユニット故障と思われます』
 家に来て直して欲しいというので、外科医メンバーに送信。

 しばらくしたら、そのお客さんのところに出向いた、
担当から電話がかかってきた。
「パソコン、動いてるみたいですよ」
「ええ?」
「電源ボタンを押したら音も鳴るし、ランプもちかちかします」
「後ろのファンはどうです?」
「風も出てるし、普通に動いてると思います。
どうも電源が入らないんじゃなくて、
モニタがつかないだけみたいですね」
「ええ〜」
 というと、まず電源の異常はないし……。
どっちかというと、モニタ自体かな?
「モニタの動作、ためせる何かはありませんか?」
「えーと? 持ってるノートでもいいですかね?」
「だいじょうぶです」
 そしてすこし。
「あ、映りましたね」
「うーん、なるほど」
 とすると、マザーボードのモニタ出力系統あたりかな?
「モニタのケーブルはマザーボードですか?」
「いや、マザーにコネクタはないですね。
別のところから出てますよ」
 むーん、増設かあ。
となると、グラフィックボードが死んだ可能性が一番。
「グラフィックボードは持ってますか?」
「今日はないです。とりあえず、
持ってきたマザーと電源に変えてみます?」
「そう……です、ね。電源は特に必要なさそうですが、
マザーボードは交換してみる価値はあるかもしれません」
「じゃあ、もし変えて変わらなければ、
元に戻して再訪問でいいですかね?」
「そうですね。それでお願いします」

 そして次の日、同じ修理担当から電話がかかってきた。
「とりあえずグラフィックボードを
新しいのに変えてみたけどだめで、
マザーボードも交換してみたけどだめです」
「えええ?」
 となると、なんだろう。デュアルモニタ設定にして、
片方を使えなくしてる可能性は……
バイアスも見られないからだめか。
あたらしく持ってきたグラフィックボードも壊れてるとしたら? 
グラフィックボード半刺しは? ……音が鳴るかな。
「あの、起動したとき、変な音はしませんでした?」
「うーん。いや、別に普通だった気がします」
「念のため、もう一度グラフィックボードを抜いて、
しっかりさしてもらえますか? 
半分刺さったところで意外としっくりくることがあるので、
惑わされずにしっかり奥までさしてください」
「じゃあ、この板抜いて、
しっかり刺してからはめたほうがいいですかね?」
 この板……?

「この板って、グラフィックボードですか?」
「いや、なんていうんですかね。
マザーボードに、なんか立てる場所があって、
そこに立てた板に差し込む感じです」
 まさか、それって……
「ライザー!?」
「ああ、それ、たぶんそれです」
「ええ、だって、パソコン、普通のタワーですよね?」
「いや、違いますよ。なんて言うか、薄いやつです」
 ブック型だ……。
「ええ〜。ならたぶん、それです。ライザー基盤」
「え? これですか?」
「全部変えても変わらないなら、それくらいしかありませんから」

 そして次の日の夕方、クレームが入ったと連絡が来た。
 内容。『修理で三回も家に来て、時間も用事もつぶされた。
自社製品くらい一回で直せないのか。会社の対応を疑う』。
 修理の受付番号を見てみると、昨日おとといの、
あの物件だった。
 わたしはパソコンのお医者さん、内科医だ。
 正診率は約四割。それを高いと見るか、
低いと見るかは相手におまかせ。