0393
2006-04-26
箱づめの○○
 昔々、あるところに、人間として初めて
神様に作られた美しい女性がいました。
 彼女は神様からいろんなものをその身にあたえられましたが、
身に入りきらず余ったものは玉手箱に
おみやげとして持たされました。
 開けるな、と言われたとおり
その箱を大事に置いていた彼女でしたが、
変なところにおいていてはいつか落としてしまいそうだと思って、
もっとよい場所に移そうと運んでいたときです。
「あん、う」
 足がもつれて転んでしまいました。
 手から離れた箱のふたが開き、
中からまがまがしいもの、毒々しいものが
巣をつつかれた蜂のように飛び出し、あたりに散っていきます。
 あまりの驚きに呆然と見送っていた彼女でしたが、
ようやく正気を取り戻して箱を見ると
中は空っぽになっていました。

 あれらをぶちまけたのが自分だと知れたら
大変なことになりそうだと青ざめる女性。
 震える手でとりあえずふたを閉めると、
そこへ彼女の夫が来て、言います。
「もしかして開けるなって言われてたその箱、開けた?」
「チ、チガウヨ。アイチャタノヨ」
 彼女はとっさに迷い込んだ外国人のふりをして
かわそうとします。
「なんかすごく嫌な感じなものが飛び出して行ったんだけど……。
まさか、全部撒き散らしたなんてこと、ないよね?」
 頭から降りてくるねばつく汗。
「そんなことありませんよ〜。半分! 
半分でぎりぎり踏みとどまりましたよ」
 ぬぐいながら言い訳する彼女はなぜか丁寧語でした。

 すると夫は大きくため息をつき、
「ああ、よかった。半分であんなにひどいなら、
全部出たらどんなになるかわからないからね」
 ほっとする顔をしたのでした。
 そこでふと気づく彼女。
「ということは、この中に残っているのは
希望なのかもしれませんね」
 まだぎこちなく丁寧語を使って話します。
「いや」
 その夫は言いました。
「開いていないことが希望だとしても、
入っているものは絶望じゃないの?」
「ふむふむ」
 空っぽの箱に希望が入ってるだの絶望が入ってるだの。
知らないってことはいいことだなあと思いながら
箱を紐でぐるぐる巻きにして二度と開かないようにすると、
自分の『秘密』もついでに押し込み、
どこか人目につかないところに隠す彼女なのでした。