0394
2006-04-26
女心、壺ごころ
 わたしは神によって生を受けた女。
 神々からすべてを与えられたもの、それがわたしの名。
なのに、人間の世界におろされるとき、神はわたしに壺を与えた。
 そして人の世界に降り立つと、その壺は言った。
「決して何があっても、わたしを開けないでくださいね」
「うん、約束する」
 わたしは応えた。
 なによりわたしには神様が
すべてを与えたと言ってくれているのだし、
その上にもらうものがあるなんて、身の丈を越えてしまうから。
 そこでわたしは決して開かないように
壺を木のヤニで塗り固めて、部屋の隅に埋めた。

 そのまま存在も忘れて暮らしていたある夜、
戸を叩く音が聞こえた。
「はい?」
 開けると、そこにいたのは、壺。
「なんでそこに?」
 思わず埋めたところを振り返りながら言うと、
「決して何があっても、わたしを開けないでくださいね」
 なぜかぴかぴかの壺は言った。
「うん、約束する」
 わたしは固く約束し、壺を縄で縛ってから口と縄にヤニを塗り、
この前よりも深く床に埋めた。
……決して誰にも開けられないように。

 そしてまたしばらくした夜、戸を叩く音が聞こえた。
「はい?」
 なんとなくの予感を胸に表を見ると、
そこにいたのはやっぱり壺。
「いつもどこからどうやって出てくるの?」
 訊ねると、
「それは秘密ですが、決して何があっても、
わたしを開けないでくださいね」
 一言ひとこと区切るように、念を押すように、言葉を出した。
 ああ、いるいる、そういう人。
もったいつけて後ろに下がれば、
他の人が気にして話しかけてくれるなんて思ってるんだ。
 ……うっとうしい。
 構って欲しいならそう言えばいいし、
開けて欲しいなら開けてって言えばいいのに。

 だからわたしはにこやかに笑いかけ、
「うん、約束する。
二度と、絶対、だれからも開けられないようにするし、
次に家の扉を叩いたって、
まかり間違えても戸を開けたりはしないから」
 縄でぐるぐるに縛ったあとすこしも動かないようにヤニで固め、
さらに深いところまで穴を掘って埋めた。