病院を出るおれの足は普段より重く。
でも外に向かう分だけいくらか軽くなっていくようだった。
薄暗い屋内から出ると、涼やかな風。
重くよどみ固まった空気と時間が そっと動き出す気がした。
「じいさん、すっかりボケちゃってたな」
横を歩く婚約者に、言うでもなくつぶやく。
白いこぢんまりとしたベッドに、
どこを見ているのかなにを考えているのか伺えない表情で
横たわる姿。話しかけてもろくな反応も無く、
おれが誰を紹介しているのかも、
もしかするとおれが誰かすらももはやわかっていないのだろう。
「あれが、ほんとにあのかくしゃくとしていたじいさんなのか?
いつもおれをかわいがってくれた、優しい人はどうなったんだよ」
思い出したら胸をかきむしりたいほど苦しくなって、
目の前がぼんやりとゆがみ始める。
「きっと……」
横に聞こえる彼女の声。
「おじいさんは、あなたの知ってるおじいさんから、
あなたの知らないおじいさんになっただけ」
柔らかな声になんだかすごくほっとして、
周りも知らずにすこし、泣いた。