0425
2006-05-11
蝶になる
 病院を出るおれの足は普段より重く。
でも外に向かう分だけいくらか軽くなっていくようだった。
 薄暗い屋内から出ると、涼やかな風。
重くよどみ固まった空気と時間が そっと動き出す気がした。

「じいさん、すっかりボケちゃってたな」
 横を歩く婚約者に、言うでもなくつぶやく。
 白いこぢんまりとしたベッドに、
どこを見ているのかなにを考えているのか伺えない表情で
横たわる姿。話しかけてもろくな反応も無く、
おれが誰を紹介しているのかも、
もしかするとおれが誰かすらももはやわかっていないのだろう。

「あれが、ほんとにあのかくしゃくとしていたじいさんなのか? 
いつもおれをかわいがってくれた、優しい人はどうなったんだよ」
 思い出したら胸をかきむしりたいほど苦しくなって、
目の前がぼんやりとゆがみ始める。
「きっと……」
 横に聞こえる彼女の声。
「おじいさんは、あなたの知ってるおじいさんから、
あなたの知らないおじいさんになっただけ」
 柔らかな声になんだかすごくほっとして、
周りも知らずにすこし、泣いた。