0448
2006-05-22
勇者と魔王
 山奥の崩れかけた城、一人の男と魔王が鋭い音を響かせながら
剣を交えていた。
「どうだ気分は。さぞ満ち足りた気分だろう」
 魔王が叫ぶ。
「いいや。きさまを倒したときにこそ味わうさ!」
 男はうそぶきながら剣を振った。
「そうかな? おまえはこのときのために
力をつけてきたのだろう? 
おまえの目標はわたしを倒すことだったはずだ。
それが結実しようとするいま、もっとも力にあふれている。
だが、わたしを倒したら、おまえはどうなる? 
『魔王を倒すことを目標とするおまえ』は消え、
ただの勇者になる。勇者になってなんとするのだ?」
「なにを……!」

「わたしを超えるものなど、もうあらわれまい。
そしておまえは失うのだ。目標も、尊敬も、人々の支持も。
むしろ、魔王と呼ばれるわたしを倒した後、
もっとも危険な存在になるのは、魔王を超えた魔王、
お前ではないか」
「だまれ!」
 男は心にわきあがる黒いものを振り払うように頭を振った。
「なら、わたしがなにをしたか教えてくれ。
なぜわたしがこんな場所にいて、
ただおまえのような人間が来るのをまちながら
雨露を耐え忍ばなくてはならなかったのだ?」
 男は、答えなかった。
「わたしもかつては勇者と呼ばれた男。
だが人々から疎まれ、目標も失った後となっては、
自分を殺す人間を近く遠くに鍛えながら生きるしか道は無かった」
 魔王と呼ばれる者は手に体に力を込め、目に狂気を浮かべる。
「どうだ、この充足感! 
わたしもお前も戦いなしには生きられない。
この生の実感を得るためなら、後の死だろうと気にするか」
 そして吠えるように叫んだ。
「さあ、殺しあおう! 負けたものは命を失い、
勝った者はすべてを失うのだ!」