0470
2006-05-26
からっぽゾンビ
 ある日、墓場の土を盛り上げて、下から墓の主が地上に現れた。
 その体は異臭を放ち、ところどころ腐り落ちていた。
「タリナイ……」
 彼女は導かれるように夜の地面を街へ向かって歩き出し、
出会った男にひきつけられた。
「アタマ ガ タリナイ……」
 この頭のよさそうな男を手に入れれば、
自分の足りない頭をおぎなえる。
 そう思って彼女は男に飛びついた。
 肉を引き裂き、頭を割って、脳みそを口へとかきこんだ。
「マダ タリナイ」
 すっかり頭がよくなった気分で、彼女は街をうろつく。
 そこで好みの顔をした男を見つけると、
彼女は物陰に引きずり込んだ。
「ハートヲ チョウダイ……」
 胸を貫き、肋骨を割り。彼女はまだ脈打つ男の心臓を、
ぽっかりと空いた自分の胸に押し込んだ。
「マダ タリナイ」
 ふらりと立ち上がるとまた歩き出す。
 その先で豪華な身なりをした男を見つけると、
「オカネ」
 首を絞め、服をまさぐり、男のものだった財布を手にした。
 望むものはすべて手に入れ、満たされた気分の彼女。
 だが何日かすると、彼女は財布を持っていた手が
腐り落ちているのに気づいた。
また、手に入れたはずのハートもすでに腐り、
取り込んだはずの脳でも自分の頭が
よくなっていないのがわかった。
「ナゼ……? タリナイ」
 頭を奪い、ハートを奪い、お金を奪い、手を奪い。
 手に入れても失われていくそれらを求め、
彼女は夜な夜なさまよった。

 悔しく、憎く、腹立たしい毎日。
「ナゼ、ミタサレナイ?」
 つぶやきながら歩いていると、
「ねえちゃん、わかんないのか?」
 男の声が聞こえた。
 声をかけたのは、ぼろぼろの服を身にまとい、
垢か汚れか闇よりさらに黒ずんだ、目も見えない男だった。
「ホシイ ホシイ。ミタシテ……」
 すがるように男へと歩む彼女。
「満たされたいと思うなら、
誰かを当てにするのをやめりゃいいのさ」
 男は言った。
「金も心も体も、いつだって何か足りない。
でも、それを他人に求めたって、
自分の血にも肉にもなりゃしねえ」
 その言葉に自分を思い、力を失う彼女は
ぼったり肩を落とし、膝から地面に崩れていった。