駅そばの喫茶店が最近人気だと話を聞いて、
彼と一緒に冷やかしに行ってみた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
ドアを開くと飛んでくる言葉。
中にはメイド服を着たウェイトレスさんたちがいた。
案内される最中に転びそうになりながらも無事に席に着き、
わたしはそっと声を出す。
「ね、ねえ。メイドさんだよ」
すると彼は
「そうだよ。知らなかったの?」
当然のように訊いた。
「知らない、知らない」
まさかここがそんなおもしろ喫茶だったなんて。
……と。
「いらっしゃいませ、ごゆっ」
ごとん。
「え?」
目の前に転がってくるグラスと、流れてくる水。
ぼたぼたとテーブルはじからこぼれ、
わたしのスカートをぬらしていった。
「わ、わあぁ」
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい」
こぼれる水を自分の袖で止めようとテーブルに乗り出す女の子。
目の前に頭が迫って……
ゴン。
「いったぁ〜」
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい」
それからすこしばたばたしてなんとか後始末が終わり、
ようやく注文することができた。
「うう、ひどいめにあった」
ひざに乗せたバスタオル。
「まあまあ。勘弁してあげようよ」
困り笑いで言う彼。自分のことじゃないからって、適当な。
ちょっとむくれていると、ふと彼が叫んだ。
「待って! そこでいい」
見ると、さっき頼んだコーヒーを運んできた、
別のメイドさんを制止している。
そこでグラスを受け取ると、自分で穏やかに
テーブルの上に置いた。
「……ふう」
ほっと一息。
「こぼされたって、にこにこ笑って勘弁して
あげればいいじゃない」
わたしが言うと、
「冗談じゃない。あんな故意犯にかけられたらたまらない」
彼は真顔で応えた。
「え? なにが違うの?」
「最初の子は、あれは、過失犯」
あたりを見回すと、向こうのほうで
注文をとっている姿を見つけた。
「本人にまったくその気は無いのに、つい失敗してるんだよ」
ご注文繰り返します。アイスコーヒーがお一つと、
アメリカンがお一つと、カプチーノがお一つでよろしいですか?
あ、すいません。エスプレッソですね。
……そんなやりとりが聞こえてきた。
あれでよく首にならないなあ。
「じゃあ、さっきの子は?」
また見回すけれど、さっきの子は見えなかった。
「あれは故意犯。最初の子のどじっぷりをまねて、
自分がなにをやろうとしているかわかりながら、
わざとつまづいたふりでこぼすのを狙ってたんだ」
「ええ? そうなの?」
「うん」
「ええ〜、たち悪いね」
わたしが彼でも、わざとかけられるのはやっぱりいやだなあ。
でも彼は、
「いや、一番たちが悪いのは――」
床に目を落としながら言った。
「いろいろ失敗を誘発したほうが心をくすぐるだろうと思って
床に微妙な段差をつけてる、確信犯の店長か設計士だな」