今日びパソコンくらい使えなきゃと、市の無料講習に参加した。
今日で三回目だが、先生がわかりやすく教えてくれるのと
ざっくばらんな人柄とで、意外と楽しみになっていた。
「はーい、じゃあ、次は置換という機能を使ってみましょう」
と、まだ若い彼女は言った。
「これを使うと、その文章中にある一つの単語を、
いっぺんに別の単語に置き換えることができる、
便利なものなんですよ。それでは実際に使ってみましょう」
そして指示通りに『社会人の常識』という
ファイルを開くと……その内容。
この字は丸すぎる。社会人の常識がない。
その髪はなんだ。社会人の常識がない。
ネクタイを締めろ。社会人の常識がない。
シャツのえりが立ってるぞ。社会人の常識がない。
一人で定時に帰ろうとするな、社会人の常識がない。
ネクタイはもっときつく締めろ。社会人の常識がない。
笑って話なんかしてるな。社会人の常識がない。
走って会社に来るな。社会人の常識がない。
「先生、なんですか、これ」
思わず口にすると、
「いい例文を考えようとしたんですけど、
こんなのしか浮かびませんでした。なお、これはわたしが
主任からだけ言われた社会人の常識がない部分です」
よせた眉で投げやりな笑顔を見せて、
「では、この文章を使って、『社会人の常識』を
『俺様の独善的規則への合致』に置き換えてみましょう」