大学の長い夏休み。
実家に帰ってごろごろしていたら、ふと竹馬が懐かしくなった。
そこで蔵をあさり、ひっかかっている竹馬を
むりやり引き出すと……
ゴス。
「あたぁあああああ!」
上! 上から! なにかとてつもなく硬いものが!
「いたぁああ〜」
涙をふきながら落ちてきたものを見ると、
古く黒ずんだ木箱と地面に落ちためがねだった。
「なにこれ?」
耳のところに紐がついているめがね。なんとなくかけてみると、
「どうしたの、だいじょうぶ?」
戸口におねえちゃんの声。思わず顔をあげる。
『お金に弱い。こどもの笑顔に弱い。夜に弱い……』
めがねの視界に走る文字。
え? なにこれ……?
「あはは、なにそのめがね。わたしたちこれから
ちょっと買い物行くけど、あの子おひるねしてるから、
起きたらめんどう見ててくれない?」
「あ、うん、わかった」
そのうしろ、だんなさんの声。
「どうしたの? いた?」
「あ、うーん」
わたしは思わずだんなさんを見た。
『朝に弱い。妻に弱い。こどもに弱い。権威に弱い。
疲れに弱い。騒音に弱い……』
ずらずらと流れていく文字。
まさか、これ、見た相手の弱点が見えるめがね?
「じゃあ、起きないうちに行ってくるね」
「あ、うん」
去っていくおねえちゃんとだんなさんの背中を見おくりながら、
わたしは軽い興奮を感じていた。
なぜこんなものがうちのお蔵にあったのかわからないけど、
これは結構楽しめそう。
わくわくしながら縁側から家に入り、
寝ている姪っ子をめがねに映すと、
『夜に弱い。甘いものに弱い。おかあさんに弱い。
辛いものに弱い。すっぱいものに弱い……』
以下、そんなものが延々と続いた。
「あははは」
さっすがこども。かわいいなあ。
もっと見てみたい。他の人はなにに弱いんだろう。
そこでおかあさんたちを探すけれど、
みんなどこにもいなかった。
もしかしたらおねえちゃんたちと買い物に行ったのかもしれない。
「おかーさんはぁ?」
ふと下から聞こえる声に振り向くと、
起きてしまった姪っ子が目をぐしぐしとこすりながら
後ろに立っていた。
「お買い物に行ったみたい」
「え〜」
まだ三歳くらいだし、おかあさんと離れるのは
さびしいのかもしれない。
「じゃあ、公園行こっか?
こっちは街と違うから、ひーろいよー」
すると、不満そうな顔がぱっと喜びに変わる。
「うん、行く」
「よし、出発〜」
肩車をして玄関へ。
そこで壁にある鏡を見ると、わたしの顔に流れる文字。
『朝に弱い。暗闇に弱い。甘いものに弱い。
痛みに弱い。血に弱い。健気に弱い……』
……なに、健気って?
「どうしたの?」
「ううん、じゃ、行こうか」
二人で長くなったまま公園へ。
白く照り返す地面の中、黒々と陰を落として
カキ氷屋さんの車が止まっていた。
周りには帰郷組なのか、ぼちぼちとこどもと大人がいて、
いっしょになっておいしそうにきれいな氷をかきこんでいる。
『甘いものに弱い。こどもの笑顔に弱い……』
弱いもので一杯の場所。
「たべる?」
肩から下ろして訊ねると、きらきらとした目で
わたしを見て……
「ううん、いい」
悲しげな顔で首をふった。
「え? どうして?」
「だって、おやつ食べたらおかあさん怒るもん」
うわ〜、すごいなあ。まだこんなに小さいのに。
「じゃあ、わたしは怒られないから食べちゃおう」
カキ氷をひとつ注文。
すこし涼しい木陰に入り、何口か氷を口に入れた。
じゃりじゃりと冷たさと甘さが熱のこもった体を冷ましていく。
そんなわたしを半開きの口で見上げる小さな顔。
「ん〜、頭いたくなっちゃった。もう食べられないや。
このままじゃ溶けちゃうし、もったいないから食べてくれる?」
わざとらしく言って見せると、ぱあっと喜びに顔を輝かせる。
手渡すと、うきうきと夢中で氷を食べ始めた。
「おいしい?」
訊ねるわたしに、
「うん!」
幸せな顔。
「ふふふ、よかった」
柔らかな髪をぐしぐし乱しながら、ふと気づいた。
――わたしの弱点、ほんものだ。