「なんでそんなこと言うの!
疲れても一人で歩くって言うから連れてきたんじゃない」
小さくは無い声で妻が娘を叱った。
電車もすいていれば、こどもには楽しいだろう。
それはぼくにも覚えがある。でも、行楽シーズンだけあって、
外も見られないほどぎちぎちだった。
通勤でもあるまいに押し合い押されあいして、
ぼくだってもうへとへと。
妻もこんな場所でこんな風に叫ぶような人ではないのに、
自分も疲れていらだっていることに気づいていないのだろう。
「いままでだってそう。何で何度も何度も嘘つくの!」
娘は泣きながら首を振る。
これ以上は自分でも聞くに堪えず、
妻にも娘にもよくないと思ったので、
ぼくは手をかざしながら間に割って入った。
「まあまあ、あれを見て」
指差すのは古ぼけた駅の掲示板。
30分たった書き込みは消します、そんなことが書いてある。
「なんなの?」
「特にどうと言うことはないけど。ここで軽く頭を冷やそう」
腕時計を見ながら15分。
最近じゃ書き込みもそうない板をまっさらにする。
「……さて。今までここに何が書いてあったか教えてもらえる?」
妻に訊くと、
「覚えてないよ」
「なんでそういう嘘つくの?
あれくらい覚えておけるはずだろ?」
すると困った顔をして、
「ほんとに覚えてないよ。あんなの関係なかったし」
「こどもだってそうだ」
ぼくは言う。
「こどもの記憶時間なんて15分がいいとこ。
それ以前なんて自分が何を言ったか、
何を言われたかもわからないような生き物だ。
しかも何を言われたって、どんな約束をしたって、
ただの言葉遊びでその場限り。興味の無いことなんて忘れてる」
言いながら、なんだかため息が出た。
「こどもと約束なんてするもんじゃない。
何度も何度も約束を破るという前に、
大人が約束を守る姿勢を貫くべきなんだ。
具体的には……二度とでかけないとかね」
でもどうせ、また約束を破ってでかけることになるんだ。
とりあえず今は15分でいいから昼寝でもしたい気分だった。