0517
2006-06-07
15分
「なんでそんなこと言うの! 
疲れても一人で歩くって言うから連れてきたんじゃない」
 小さくは無い声で妻が娘を叱った。
 電車もすいていれば、こどもには楽しいだろう。
それはぼくにも覚えがある。でも、行楽シーズンだけあって、
外も見られないほどぎちぎちだった。
通勤でもあるまいに押し合い押されあいして、
ぼくだってもうへとへと。
 妻もこんな場所でこんな風に叫ぶような人ではないのに、
自分も疲れていらだっていることに気づいていないのだろう。

「いままでだってそう。何で何度も何度も嘘つくの!」
 娘は泣きながら首を振る。
 これ以上は自分でも聞くに堪えず、
妻にも娘にもよくないと思ったので、
ぼくは手をかざしながら間に割って入った。
「まあまあ、あれを見て」
 指差すのは古ぼけた駅の掲示板。
 30分たった書き込みは消します、そんなことが書いてある。
「なんなの?」
「特にどうと言うことはないけど。ここで軽く頭を冷やそう」
 腕時計を見ながら15分。
最近じゃ書き込みもそうない板をまっさらにする。
「……さて。今までここに何が書いてあったか教えてもらえる?」
 妻に訊くと、
「覚えてないよ」
「なんでそういう嘘つくの? 
あれくらい覚えておけるはずだろ?」
 すると困った顔をして、
「ほんとに覚えてないよ。あんなの関係なかったし」
「こどもだってそうだ」
 ぼくは言う。
「こどもの記憶時間なんて15分がいいとこ。
それ以前なんて自分が何を言ったか、
何を言われたかもわからないような生き物だ。
しかも何を言われたって、どんな約束をしたって、
ただの言葉遊びでその場限り。興味の無いことなんて忘れてる」
 言いながら、なんだかため息が出た。
「こどもと約束なんてするもんじゃない。
何度も何度も約束を破るという前に、
大人が約束を守る姿勢を貫くべきなんだ。
具体的には……二度とでかけないとかね」
 でもどうせ、また約束を破ってでかけることになるんだ。
 とりあえず今は15分でいいから昼寝でもしたい気分だった。