0532
2006-06-11
リサイクルマーク
「すまん」
 おれに背を向けて一言、隊長が言った。
 な、なんで、そんな……。
今まで敵として戦ってきた相手の親玉に、
一時手を組むようにもちかける、だって? 
いくら敵の敵は味方とは言え、向こうだって本隊じゃない。
こぜりあいを続けてきた小隊の親玉が、
軍の意向もわからずにはいそうですかと
話に乗るわけないじゃないか。
生きてたどり着けるかどうかわからない上に、
ついたところで殺されるかもしれない。なんて損な役回りだ。

「だいじょうぶか。おれが行こうか。
おれならきっと、なんとかできる」
 学生時代からの親友が言う。
「ああ、おまえならきっとなんとかできる。
だから……だめだ。おまえは切れ者だ。
ここに残って隊のみんなを助けなきゃいけない。
それに、おまえの提案だ。これさえうまく行けば、
国の家族だってすくえるかも知れないんだろう?」
 そうだ、だから、ここはおれが。
射撃も戦闘能力も低いが、体力だけはある……
「おれしか、いないんだ」

 それでも震える腕で胃の底からわきあがってくる恐怖と
戦っていると、
「なら、これを」
 おれの後ろに来たあいつは、ヘルメットにマジックで
何かを書き始めた。
「なんなんだ?」
「ちょっとしたおまじないだ。もし殺されかけるときがあるなら、
ヘルメットを回して後ろを前にしろ」

 そして、おれは走った。

「くそ、撃つなこんちくしょー!」
 両手を高く上げ、白い旗を振りながら。
「撃ってもいい、この手紙をおまえさんたちの
大将に見せてくれ!」
 敵の言葉で狂ったように叫びながら走った。
 武器などはなにもない。敵意を見せないために、
ただ軍服だけをまとい、走った。
 そのうち相手に銃をつきつけられ、
拘束されるように連行されたが、奴のおまじないのおかげか、
殺されることなく相手の小隊の親玉に会うことができた。

「なんだ、手を組めだと……!」
 おれの手紙を見たそいつは憎々しげな目でおれをにらみつける。
「おまえたちが同志を何人殺したと思っている。
それが、横から別国が攻めてくるから手を組んで戦えと? 
しかも不確かな情報で!」
「不確かだろうが、あいつが言ったんだ。
確かになったときにはもう遅い。
くそったれのお偉いどもは体面だけ気にして大事なことも見ずに、
時間だけ過ぎて共倒れになるってな。
その間、おれたちが食い止めなきゃいけない。
いがみ合ってる横から攻められて
国土に踏み込まれるわけにゃいかないんだ!」

「ばかか!」
 目の前でヤニくさいつばをとばし、
「軍の命令はおまえたちを倒すこと。
それを無視して貴様らと手を組めば、わたしらは処刑ものだぞ」
「だが、あいつが言った。間違いはない!」
「なら、そいつを恨んで死ね。……切り捨てろ!」
 死刑宣告。その瞬間、ふとあいつの言葉がよみがえった。
 なんのまじないか知らないが、
あいつの言うことに間違いはないはずだ。
「待ってくれ!」
 おれはヘルメットを回し、後部を前に持ってきた。
 それを見た男の顔は突然の驚きにゆがみ、
肩を揺らして怒りだす。
……かと思いきや、声を上げて笑いだした。
「はっはっは。おまえが信じる男とは、
よっぽどのばかか、切れ者か」
 怒りよりも苦笑のように。
「そいつを切り捨てるのはやめだ。
外装をはがし、中身をよく洗って水を切り、
今度はわたしの伝令としてむこうに返してやれ」
「はっ!」
 横にいた男たちが敬礼し、
複雑な顔でどこかに連れて行こうとする。
 なんだ……? ヘルメットになんのまじないが
こめられてたっていうんだ。
 ヘルメットを手に持ち、見てみると。
そこには、リサイクルマークが書き込まれていた。

『この男は再利用可能です。捨てずに所定の手順に従って
リサイクルしてください』