0551
2006-06-15
完璧なうそ
 かねてから評判の悪かった医者が病院を首になり、
病院はその話でもちきりになった。
「しょうがないな、あいつは」
 コーヒーを飲みながら、ちょうど一緒になった同僚に言う。
 おれも同じ科の医者としてあいつと顔をあわせていたが、
おれから見たってろくなやつではなかった。

「ああ、へたなうそなんかつくからだ」
 応える同僚。
「ええ? うそ?」
「そうだ。金が好き、権威が好き、患者はバカで
自分より腕のいい医者は敵。それをごまかそうとしながら
中途半端にうそつくから、結局は金も権威も失った。
……半端なうそはつくな。うそをつくなら突き通せ」
 患者からも評判がよく、仲間内でも悪いことはきかない
そいつから出る言葉とは思えなかった。
「突き通す、ってどうやるんだ」
「金と権威が好きなら、それが手に入るうそをつけばいい。
患者に評判よく言われるように振る舞い、
お偉いには目をかけられるように行動し、
それがうそだとはだれ一人にもこぼさないし、
気づかれない。あとは自分の心にもうそをつき、
秘密を墓にまで持って行けばいい。
それくらいの覚悟もなしにうそはつくもんじゃない」
「それって……」
 はたから見ていれば、ほんとにただのいい奴なんじゃないか?
 そう思って、おれは。
そんなうそならだまされみてもいい気がした。