0579
2006-06-22
文化圏
 会社の人と乗り合わせて、旅行へ向かう車の中。
 夜の空気に合わせるように怖い話を誰かが始めた。
 幽霊、おばけ、車の陰……。
 どうしてみんなが楽しそうにしてるのかわからない。
耳をふさいでもう帰りたくなってきた。
「あ、そうそう。そう言えばこんな話」
 うう、もういいよぅ……。
「ある人が残業帰りの道で、変な音を聴いたんだって。
気になって見に行くとその音は神社の境内から……。
不安を感じながらも近づくと、白い着物を着た女が
木に何かを打ち付けていたらしい。
あまりの怖さにその場は思わず逃げ出し、
それでも翌朝見に行くと、木に打ち付けられた形代には
自分の名前。次の日、真夜中にこっそり見に行っても
やはり見覚えのない女が鬼気迫る顔で釘を打っている」
 そんなのに本当に遭遇したら怖いなあ。
「その人は自分が呪われていると悩みに悩んで……
ついには死んでしまったそうだ」
 いやぁああ〜。
「あはははは!」
 なぜかどっと笑い声。

「え? なんでそこで笑うの?」
 思わず訊ねると逆に驚いたような顔で、
「基本的に呪詛は誰かに見られちゃいけないだろ? 
特に人は鏡なんだし」
「え? え?」
 よくわからなくて聞き返すと、前から声。
「人って、自分の評価は他人の振る舞いを元に
理解してるのはわかる? 他人に誉められたら『いい人の自分』、
他人が嫌がるから『価値のない自分』」
「あ、うん」
「他人は自分を映す鏡なんだよ。
それが呪いをかけるなんてことしてる姿を映されたら、
その呪いは失敗、ヘタすれば
自分に反射しちゃうようなものじゃない」
 へえ、そういうものなの?
「だから、本来死ぬべきは呪いをかけていたほうで、
目撃したほうが気に病んで死ぬなんてお門違いだったってこと」
「そんなのわかっててみんな笑ってたの!?」
 激しく驚きながらも、笑いって文化なんだなぁ……と
頭の隅でしみじみ思うわたしがいた。