0582
2006-06-22
おばあチャンネル
 最近、夫の母親のお見舞いに行くのがすごく憂鬱。
 もともと呆けで入院していたけれど、
近頃その症状がどんどん進んできたようで、
何もない空間に向かって喋ったり、
何年も前に死んだだんなさんが来てくれたと言ったりする。
それが薄気味悪くてたまらない。
 それでもあからさまに行かないわけにはいかず。
なかばむりやりに夫と一緒におばあちゃんの病室をたずねた。

「調子はどう? おばあちゃん」
 するとベッドに横たわる小さな姿でにこにことしながら、
「今日はまたおじいちゃんとあの子が来てくれたよ」
「あの子って、この前から言ってる子?」
「そう。頭の霧を払ってくれるみたい。
あの子はね、まだいるのよ、そこに」
 そう言ってわたしたちの後ろ、
部屋の隅を指してわたしはぞっと腕に走る鳥肌をさする。
「おいおい、しっかりしてくれよ。だれもいないだろう」
 軽く笑う夫に、
「ちょっとおばあちゃんよろしくね。
わたし花瓶に水入れてくるから」
 ごまかすように花瓶を持ち、ひとり残して水道場へと向かった。
 あんなところに残されても気まずくてしかたないはず。
でも、わたしがどんな気持ちでいるのか、
すこしは知ればいいんだ。
 なるべくゆっくり、ゆっくりと。
中を洗って水を入れ、病室近くまでさしかかると
部屋からすっと女の子が出て行った。
白い着物を着た、涼しげな顔立ちの子だ。

「ねえ、今出て行った子、だれ?」
 中に入って訊くと、夫は恐怖と嫌悪を混ぜた瞳でわたしを見た。
「なに?」
「やめてくれよ、おまえまで。
さっきばあさん、女の子が出て行くってつぶやいたと思ったら、
いきなりボケだしたんだ」
 見るとさっきよりも何かがずれた顔で、
ぼうっとしているだけになっていた。
「ねえ、おばあちゃん。さっき言ってた女の子って洋服着てる?」
 そばに行ってかがみながら訊ねると小さく首を振る。
「もしかして、着物? 白い着物きてる?」
 その言葉にかすかに笑うように目を細め、うなづいた。
「おい、なんなんだよ」
 訊ねる夫に、
「もしかしたら……おばあちゃん、幻覚を見てるんじゃないかも」
 わたしは立ち上がり、振り向く。
「ほんとうは、ここじゃないところ、
別の世界にチャンネルがあってるだけかもしれないよ」