最近、夫の母親のお見舞いに行くのがすごく憂鬱。
もともと呆けで入院していたけれど、
近頃その症状がどんどん進んできたようで、
何もない空間に向かって喋ったり、
何年も前に死んだだんなさんが来てくれたと言ったりする。
それが薄気味悪くてたまらない。
それでもあからさまに行かないわけにはいかず。
なかばむりやりに夫と一緒におばあちゃんの病室をたずねた。
「調子はどう? おばあちゃん」
するとベッドに横たわる小さな姿でにこにことしながら、
「今日はまたおじいちゃんとあの子が来てくれたよ」
「あの子って、この前から言ってる子?」
「そう。頭の霧を払ってくれるみたい。
あの子はね、まだいるのよ、そこに」
そう言ってわたしたちの後ろ、
部屋の隅を指してわたしはぞっと腕に走る鳥肌をさする。
「おいおい、しっかりしてくれよ。だれもいないだろう」
軽く笑う夫に、
「ちょっとおばあちゃんよろしくね。
わたし花瓶に水入れてくるから」
ごまかすように花瓶を持ち、ひとり残して水道場へと向かった。
あんなところに残されても気まずくてしかたないはず。
でも、わたしがどんな気持ちでいるのか、
すこしは知ればいいんだ。
なるべくゆっくり、ゆっくりと。
中を洗って水を入れ、病室近くまでさしかかると
部屋からすっと女の子が出て行った。
白い着物を着た、涼しげな顔立ちの子だ。
「ねえ、今出て行った子、だれ?」
中に入って訊くと、夫は恐怖と嫌悪を混ぜた瞳でわたしを見た。
「なに?」
「やめてくれよ、おまえまで。
さっきばあさん、女の子が出て行くってつぶやいたと思ったら、
いきなりボケだしたんだ」
見るとさっきよりも何かがずれた顔で、
ぼうっとしているだけになっていた。
「ねえ、おばあちゃん。さっき言ってた女の子って洋服着てる?」
そばに行ってかがみながら訊ねると小さく首を振る。
「もしかして、着物? 白い着物きてる?」
その言葉にかすかに笑うように目を細め、うなづいた。
「おい、なんなんだよ」
訊ねる夫に、
「もしかしたら……おばあちゃん、幻覚を見てるんじゃないかも」
わたしは立ち上がり、振り向く。
「ほんとうは、ここじゃないところ、
別の世界にチャンネルがあってるだけかもしれないよ」