0631
2006-07-07
たてわり
 空が、夜ではない暗さに覆われ始めた。
下から湧き出た闇に昼が飲み込まれていくような、
そんな異様な光景。
 禍々しい気配に身震いしていると、
「まさか! そんなはずはない!」
 電話を受けていた室長が叫んだ。
 それから二言三言相手に話して電話を切ったところで訊ねる。
「どうかなさったんですか?」
「おかしい……。こんなことになるはずがないんだ。
魔法陣から何かが具現しそうになっているらしい」
 不安そうな目がわたしに。
「そんなはずはないんだ。あれは間違っても
他の法陣として機能しないようにと、
わたしが何回も修正と調整を行って作りあげた法陣だぞ。
しかも敵の目を欺き戦意を喪失させる護国陣。
なにかが召喚されるはずがない。なぜだ!」
「僭越ですが、室長。法陣は誰が書くかご存知ですか?」
「それはどういう……」

 そこへ赤色灯が点滅し、画像が送られてきたことを告げる。
「室長」
「ああ、うん」
 机の画面に二人で目をやりながら問題を探そうとしたものの、
「なんてことだ」
 難しい問題以前の問題に室長が言葉を落とした。
「法陣に息吹が感じられない。
一息で書くべき場所もごまかしばかり。なぜだ?」
「お金でしょう。仕事に誇りもなくお金だけに関心がある
彼らには、書いているものにどんな意味があり、
だれの役に立つのかもまったく知りませんし、
知りたいとも思いません。自然に適当にもなろうというものです」
「だが、それを検査する仕組みが何重にもあったはずだろう? 
一息で書く、目を瞑り書く、念をこめて書く。
そんなもの、見ていれば簡単にわかるはずだ」
「彼らは法陣についてなにも知りません。
書き方も構文すら知らないのです。
それが検査する方法といえば、どういうものだと思いますか?」

「どうなんだ?」
「間違いなくできたかと周りにたずね、
できあがったものを遠くから眺めすかすことです」
「ばかな! そんなものまったく意味がないじゃないか」
「そうですね。ですが……」
 壁を抜けて、向こうのほうから闇が近づいてくる。
「そうだ、君ははじめからそう言っていたな。
施法も祈祷もわたしたちが管理してやるべきだと」
「今さら言っても仕方のないことですが。
この度の失敗の原因は何とお考えになりますか」
 目を開けているのに開けていないほどの黒。
「構文の失敗……人員の……いや。そうか」
 途切れる声に、視界の闇。
 わたしは声も出せずに泣いた。