「ねえ、流れ星みにいかない?」
幼稚園のころからの、もう十年過ぎの腐れ縁が誘いに来た、
冬の夕暮れ。
「なんだよ。寒いぞ?」
おれが言うと、
「うん、わかってる。でも、もう最後じゃない。一緒に見たいの」
強引な中にちいさな寂しさを浮かべて笑った。
そこで夕飯を食べて待ち合わせの山のふもとで待っていたら、
濃い夜の中に黒い影を揺らしてぺたぺたとあいつが走ってきた。
「ごめん。待った?」
「ん、まあ、そこそこ」
横に並んで歩き始めると、
「あはは、なに持ってるの?」
「ビニールシートと毛布」
「ずいぶん大荷物だね。おおげさだなあ」
いつもの笑顔に目を細める。
「なんだよ。わかってないな。
在るものは使えるけど、無けりゃ使えないんだぞ」
今度はなにも言わずほほえんで、
おれの手からシートをひったくると駆け出した。
追って急ぎ足で登る小さな山の上、あいつは空を見上げていた。
小さな星の光を映す目。淡く散ってゆく息。
こうして見るからだろうか、横顔が、
なんだか不思議な気分にさせる。
しばらくそうして見ているとおれに気付いたのか
軽い照れ笑いで振り向いて、
「首痛くなっちゃった」
「ああ、シート敷けばいいよ」
そこで軽く石をはらってシートを広げた。
軽く離れて両手を後ろについて見上げ、
そのうちねっころがって空に向き合い、
毛布にくるまって体を近づける。
――ぷしっ。
くしゃみ。
「寒い?」
「うん、ちょっと」
「紅茶あるよ。あっついの」
おれは起き上がると水筒の蓋に中身を注いで差し出した。
「何でもあるね」
息より濃いものが 蓋からのっそりと湧き出て散っていく。
「熱いよ」
「うん」
ふーっ、ふーっ。唇の隙間からこぼれる息の形を見せるように
白い湯気がゆらめいた。
それからカップに唇が触れ、すこしだけ冷めた紅茶が流れこむ。
「甘い」
笑顔。
「ああ」
なんとなく目を離せず、ただ見つめていた。
「出ないね」
体の熱をこぼすように。
「ああ」
頼りない白い息をつなぎながら言葉を出した。
「……引っ越したら」
ぽっと息が出て、流れる。
「もう、こんなことできないよね」
「そんな言い方やめろよ。らしくない」
なぜか苦しくて、おれは胸の辺りをぎゅっと握った。
あはは と小さく笑って、それ以上なにも言わなかった。
「おまえならだいじょうぶだよ。ぜったい」
それでも返らない言葉にふと気付くと、おれを見ている目。
「なんだよ」
「んーん。昔に比べると、
ずいぶんおっきくなったなあって思って」
差し出されるカップを受け取り、
「そりゃずいぶんババくさいな」
「なーによぅ」
ふくれっつらにおれは笑いをこぼし、
あいつは小さなため息をついて横になった。
自分用にすこしついで、飲み干すとおれも横になる。
並んで横になるおれたちは、空気を伝わって
温度が伝わってきそうな距離。
そのまま空を見つめ、いつか。
「あ〜あ、見たかったなあ」
終わり。すべての終わり。その宣言にも似た言葉に息が詰まる。
「なんだよ。見に来たんだから見えるまで見てればいいだろ」
「いいの?」
「ああ」
「ありがと」
手袋の手をそっとおれの手に重ねる。
……なにやってんだ、星は。
今日くらい流れてくれたっていいだろ?
おれたちがこうやっていられるのは今日が最後なんだ。
あいつが見たいって言ってる。割り切れないまま
悲しい顔で帰らせたくないんだよ。このまま別れるなんて嫌だ。
だから……だから!
「だいじょうぶ?」
ちいさな声。
「うん?」
「眠く、なっちゃった?」
「いや。全然」
なに言ってんだ。また終わりにしようなんて言わないでくれ。
「じゃあ、もうすこし……いい?」
「ああ」
ほっとためいき。
――お願いだから。これ以上不安にさせないでくれ。
最後くらい、頼みを聞いてくれてもいいだろ?
あいつは笑っていなきゃだめなんだ。
おれにできることならなんでもする。だから――
「あっ」
星が長い尾を引いて、一瞬光って流れて消えた。
「だめだったぁ」
すこし残念そうな声。
「え? なに?」
「お祈り」
「ああ」
なんだ。流れ星が見たかったんじゃなくて、
星にお祈りしたかったのか。らしいと言えば、すごくらしいけど。
「ね、なにお祈りした?」
「え? いや……。流れたって思ったうちに消えてたよ」
それよりも、星が降るように祈るだけでいっぱいだったけど。
「あはは、すごく『らしい』なぁ」
おかしそうに笑った。
「なんだよ。じゃあそっちはなに祈ったって?」
するとふわりと柔らかな、そして寂しげな笑みを浮かべ、
「ないしょ」
静かな声で、そう、言った。