0690
2006-07-23
引かれる場所
 ――ドバン!
 すごい音を立てて玄関のドアが閉じたようだった。
 この台風の中でかけるなんて何考えてんだ。
 あわてて玄関に行き、扉を開ける。
すごい風に押し戻されそうになっていると、
向こう側から引かれて倒れそうになった。
「なんだ、なにやってんだ?」
 おれを支える手。
「おやじがどっか行こうとするから様子見に来たんだよ」
 風の音、雨の音にふたりでどなるように
声を出しながら中に入った。
 扉を閉めて、轟音がどこか遠いものになる。

「ふは〜」
 ふたりため息をつきながら玄関に上がると、
「どうしたの?」
 母さんがやってきて訊ねた。
「いや、それがな。隣で出てく音がしたから見に行ったんだ。
そしたらあいつ、船みに行くってんだ」
「この台風に?」
「そりゃ、漁師にゃ船は命みたいなもんだ。
でも、それで死ぬ奴だって毎回いるだろ。
ほんとに死んだらなんにもならんだろうに」
「やっぱり後ろ髪引かれるんじゃないかなぁ……って、
あなたは気にならないの?」
「今言ったって、どうせなにもできないだろ。
台風になる前に心ゆくまで綱まいといたし、行くだけ無駄だ」
 軽い笑顔に笑い声。
「おやじ……」
 おれはなんだかほっとして、
「こどものころから友達にからかわれたりして
ずっと嫌だったんだけどさ、
今だけはおやじのそこを心から誇りに思うよ」