0702
2006-07-28
わがまま
 秋の日。わたしは幼なじみの家の前で、
塾から帰ってくるのを待っていた。
 秋とはいっても待つ間の冷え込みにずいぶん体が冷えたころ、
ようやく向こうから歩いてくる影。
 柱から体を起こし、目をこらすと、
「あぶねえな。こんな時間に外いるなよ。……どうしたんだよ」
 疲れた顔に心配を浮かべて、そう言ってくれた。
「最近なんか思いつめた顔してるから」
 わたしは答え、誘う。
「すこし、歩かない?」
「ああ」
 どこへ行くでもなく足を出し、暗がりの中を二人で歩く。
 歩きながら覚悟を決め……
「ねえ」
 隣は見ずに、声を出す。
「もしかして、嫌なこと考えてないよね?」
 でもちゃんと答えずに、
「枯れた花は二度は枯れない」
 と、言った。
「うそ。咲く花だってあるよ」
 振り向くわたしに。
「ああ、わかったよ。一度死んだら二度は死ぬことはない、
それでいいんだろ」
 吐き捨てるように言った。
「なんで!」
 やっぱり。やっぱりだ。
「なんでそんなこと言うの? 死んでなんになるの!」
「『死んでなんになる』? その通りだよ、
おれが昔思ってたのも。いじめで死んだ中学生、とかの
ニュース見てて、『ばかだなあ、生きててこそだろ』って
つっこみを入れてるくらいにね。
……でも、それは大きなまちがいだった。
生きてりゃ今以上悪いことだって起こる可能性はいくらでもある。
でも死んじまえば、それ以上悪いことは
将来二度と起こらないんだ」

「なんで、死ななきゃいけないの?」
「人間なんて、どんなにつらい選択に見えたって、
自分の奥のほうで自分に一番いいと思うことしか絶対しない。
……おまえはほんとに自分で生きてるか? 
自分で生きたくて生きてる人間だけが、
ほんとに生きてると思うのか? 
死ぬよりはましだと思ってる奴がどんなになっても
死にもしないで生きてるってだけ。
そいつはどんなに虐げられても、
とりあえず生きる気があるからそうしてるのにすぎないよ」
「でも、もし死んじゃったら……みんな悲しむよ。
親だって悲しむと思う」
「はっ」
 鼻で笑うように息をもらして、すごく冷たい目。

「『親に申し訳ないとか思わないのか』とか、
『毎日をなんとなくすごしてたけど、
一生懸命に生きてる人を見て、申し訳なくなった』とか。
……おめでたいよなあ。じゃあなにかい、
そいつらはそういう人間に申し訳立てるために
生きるようになるわけか? 
……親がこどもに申し訳なくなるのはわかるよ。
勝手にまぐわって生み落としてんだから。
でも、なんで自分が他人に、しかも子が親に、
申し訳なくなんなくちゃいけない? 子は親を選べない。
生んでくれなんて頼んだ覚えもない」
 そして真剣な目で、
「おれは他人に申し訳立てるために生きてるわけじゃない。
自分が納得するように生きようとしてるんだ。
最後のさいごの瞬間に、自分に済まなく思わないように
したいんだよ」
「今死んだら……絶対後悔する」
「さあ、どうかな。死んだら後悔もできないだろ」
 噴き出すものに、わたしは叫んだ。

「絶対いや! 他のなんて関係ない。
死んじゃったらわたしが嫌なの! 死ぬなんてもう言わないで!」
 驚いたようにわたしを見る顔。
それから笑うように小さなため息をついて。
「わかったよ」
 その言葉にわたしも息をこぼす。
「言わない、それでいいんだろ」
「うん!」
「じゃあ、家まで送ってくよ」
 二人歩いてわたしの家までいくと、家の前には先輩。
「あれ? どうしたんですか?」
 わたしの問いに、
「何度電話しても出ないから、
何かあったかと思って来てみたものの……
どうしようかと思ってたところだよ。で、だれ?」
 嫉妬深そうな目で訊いた。
「やーだ、幼なじみですよ」
 紹介しようとする前に、駆け出す足音。
 死なないと言ったのに。
彼が死んだのはその次の日のことだった。