朝。一人の漫画家がベッドの中でその生涯を終えていた。
仕事机の上には昨晩描きあげた、物語の最終話が置いてある。
生前、彼は不思議な体験をしていた。
それは、とある日の夜のことだった。
紙の上にペンを走らせていたとき、
上のほうから光るものが降りてきたのだ。
徹夜続きにかすむ目でうつろに見上げた彼は、その目を見開く。
「まさか……あなたは、まんがの神様!」
一目見て彼の心に届くその光は、彼に話しかけた。
「君はよく漫画を愛した。そしてその愛を広く伝えた。
それを称えて君の願いをひとつ、かなえよう」
「そんな……!」
激しく脈打つ胸を抱え、口から飛び出る彼の願い。
「それなら、世界一の漫画を描かせてください!」
「それで、いいんだね?」
神様は訊いた。
「いや、待って。待ってください。
世界一の話の種を与えられても、
ぼくの描いたものをただ世界中の人々が
もてはやすことになっても、そんなもの何の意味もない。
ぼくは、ぼくの手でぼくの漫画を描きたい。
世界一の漫画が描けるとしたら、それは目標ではなく、
描いた結果でありたいんです」
「では、何を望む?」
「なら……」
彼は考えた。
「死ぬときは原稿用紙の上で」
「いいのだね、それで」
息を飲み、彼はすこしだけその結果を思う。
原稿の上で死ぬと言うのなら、それは何かを描いているときだ。
もしそこでぼくが死んだら、その話はどうなる?
続くことも許されず、中途半端なままで終わってしまうのか?
読者の期待も、話自体も裏切るなんて、そんなのは――
「いやです。すいません、待ってください」
どうしたいんだ、ぼくは。漫画家として何がしたい?
ぼくは……ぼくは……!
「死にたくない。思いつく限りずっと漫画を描いていたい。
たとえ誰に読まれなくなったって、漫画を描いていたいんです!」
すると神様は、
「わかっている」
慈愛に満ちた目で彼を見た。
そうだ。そんなことは許されることじゃない。
人として、漫画を愛するものとして、
自分がどういう最後を迎えたいかだ。
それを自分で決められるだけでも、ぼくは果報者じゃないか。
「では」
落ち着いた口ぶりで、彼は言葉をつなぐ。
「ぼくの願いは――」
それから何十年も過ぎた日の朝。
一人の漫画家がベッドの中でその生涯を終えていた。
仕事机の上には昨晩描きあげた、物語の最終話が置いてある。