「ねえ、おばあちゃん。海女やってたときの
一番の思い出ってある?」
少女はその祖母に訊いた。
「そうだねえ、あれかな」
孫と並び、彼女はこたつで穏やかな笑みを浮かべる。
「あれは、わたしがずっと若かったとき。
なんだか調子悪かったけど、海に潜ってたんだ。
しかもそのときはなぜだか良くとれてね。
あといっこー、あといっこーって、毎回調子に乗って」
「うん」
「そして何回かもぐったとき、急に後ろから。
『いいかげんにしとけよ』って声」
「ええ? 水の中でしょ?」
少女の声に楽しそうに笑い、
「そう。でも、そう聞こえたんだ。
びっくりして振り返ったら、おっきな魚がいて」
「さかな?」
「それも、わたしの背ぐらいある、
ほんとにおっきくてまんまるの」
「ふぐだ」
老女はしわの刻まれた手を組み、
「『ふぐさんだ』って、言った」
「ふぐさん? 自分でさん付け?」
「うん。そして、『おまえ、いいかげんにしとかないと
怒るぞ』って。
わたしと同じくらいの体に、ぷくーって針をとがらせて」
「ええ? それ、ハリ……」
「あはは」
こらえきれないように吹きだすと、
「そう。わたしも最初から変だと思ってたんだけど。
『ハリセンボンでしょ?』わたしが訊ねたら、
『こら、だれがハリセンボンだ。
いくら温和で評判でも、ふぐさん怒るぞ』」
「ふふふ、結構強情だね」
「それから、『おまえ、だんなと約束したんだろ。
調子悪かったら無理しないって』。
『約束破ったら針千本のますぞ』」
「……やっぱりハリセンボンじゃない」
「あはは。そして、一言。『おなかの子を悲しませるなよ』」
「え?」
老女は少女の頭に手を置き、撫でながら言う。
「そのおかげで、無理することもなくて。
あなたのおかあさんをちゃんと生むことができたんだよ」