0743
2006-08-09
願いだけは一つ
 雨が、降り出した。
 夏に近い雨に心地よさを感じながらも、
必死にバットを振るい、ボールを追いかける
九人の球児たちは祈る。
『このままいけば逆転できるかもしれないんだ。
負け犬根性のしみついた弱小野球部にやる気も、
勝つ楽しさも教えてくれたマネージャーのためにも、
選抜の二回戦でなんか終わってたまるか。
お願いだからこれ以上ひどく降らないでくれ。
試合を続けさせてくれ!』
「がんばれ〜! まだ終わりじゃないよ!」
 人影もひとかたまりしかない応援席、
ベンチ入りできない部員たちとともに声を張りあげる少女。
 野球を心から愛する彼女は、雨が髪を湿らせ、
ワイシャツをぬらしていく気持ち悪さを
頭から追い出しながら叫び、願う。
『がんばって! 勝っても負けても……
やっぱり勝つほうがいいけど、
負けたって悔いが残らない試合をして。
だから……もう少しだけ待って、雨。
試合をこんなところで終わらせないで』
「いけるぞー! あきらめるな!」
 マネージャーの横で、補欠要員と
怪我をしたキャプテンたちが声を出す。
 体を冷やす雨も、必死に試合に臨む仲間を思うと
気にしている余裕もなかったが、あるとき、
ふと気付いてしまった。
 彼らは顔をむりやり正面に向けながら、
痛いほど目を横に向けて祈る。
『こんなところで試合を終わらせないでくれ。
だが、やまないでくれ。このまま試合を続けさせてくれぇ……!』
 彼らの視線の先。雨を含んだワイシャツが、
マネージャーの肌を透かせ始めていた。