0746
2006-08-10
愛の人
 今期からの新人教師のクラスでいじめが発覚し、
彼女が対処するのを見守ることになった。
 職員室に呼び出した一人がやってくると、
彼女は座ったままこどもの方へ向き、目を合わせる。
「どうして呼び出したか、わかるよね?」
 神妙な顔でうなづく児童。
 彼女はなにかを言いかけ……何も言えないまま、
その瞳から涙をこぼした。
 ぬぐってもぬぐっても涙は止まることはなく、
「ごめんね。今は戻ってて」
 それだけをなんとか口に出すと、そのまま泣き続けてしまう。

 わたしはそばに寄り、声をかけた。
「だいじょうぶですか?」
「すいません」
 うつむいてハンカチを目元にあてたまま。
「どうしたんです?」
 さらに訊ねると、
「あの子……すごくいい子なんですよ」
 くぐもった声が返ってくる。
「授業中だって、騒いでる子がいればいさめてくれるし、
本人だって勉強も一生懸命だし、
クラスの役員だってやってくれるのに。
あの子がいると、まわりに筋が通るような、
雰囲気のある子なのに。
なのになんでいじめなんかしなきゃいけないかと思ったら……
なんだかすごく、悔しくて」
 またこみ上げるのか、声が揺れる。
「見てるつもりになってたのにそんなのにも気付かないなんて。
わたし、教師失格ですね」
「そうですかね」
 思わず言っていた。
 他の先生や親御さんたちはいじめに気付かなかったと責めた。
でも、気付かなかったのではなく、
見えなかったのではなかったんだろうか。
だれだって好きな相手の欠点には気付きにくいものだ。
「先生は、そのままでもいいのかもしれませんよ」
 きっと彼女は――こどもを愛していたから、
見えなかっただけなんだ。
 それはすこし悔しく、そしてすこしだけ、うらやましかった。