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2006-08-28
君は知らない
 平日の昼間、家庭教師先の子を誘って車で出かけた。
 すこしおめかしした彼女を連れて行くのは、
このまえ目星をつけた場所。
「わあぁ、かわいい〜!」
 大きな門をくぐるなり、彼女は声をあげた。
 レンガ造りの道に建物、目を上げれば時計塔。
すこしすすめば手入れされた庭があり、
その中には優雅なお茶会でも開いていそうな東屋まである。

 まるでここだけがいきなり外国に
なってしまったような雰囲気に、
「ねえ、先生、見て! かわいい」
 普段ではすこし浮いてしまいそうな
ふわふわの服を気にしていた彼女が、
走り出しながら笑顔を見せる。
「うん、知ってる」
 軽く手を振って応えながら、ファインダー越しに、
ファインダーなしにその姿を追った。
 整然と並ぶ小さな小さな一戸建てのドアをノックし、
ドアを開けては入っていく。
「すごいよ! 中にかわいい椅子にベッドもあるんだよ」
 それが礼儀のように腰をおろしてはぎこちなく座る姿は、
まるで小人の国に迷い込んだお話の子みたいだ。
「ああ〜! こんなかわいいの、見たことない」
 うれしそうにきらきらとほほえむけれど。
 ――でも。どこにいたって、何を見たって。
彼女は決して知らないんだ。
 世界で一番、かわいいものを。