一番入りたい大学の入試試験の日。
問題を解いていたら急に頭がぐらぐらしてきた。
――他の日ならいつでもいい。でも今日だけはやめて。
祈りながら問題に集中しようとしていると、
「よお、大変そうだな。力を貸そうか?」
小さな男の子のような声。
「力を貸す?」
そっとつぶやくと、
「そんなのくらい片付けてやるよ」
「だまれ悪魔」
だるくて唇も動かせない中、わたしは言った。
「な、なんだよ」
「神様は先払いだって相場が決まってる。
悪魔はまずうまいことそそのかして、
やったあとでそれよりも大きいなにかを奪っていくんだ」
「神様の中にだって後払いできるのだっているさ」
「うそ。神様はおやしろを壊そうとしたら、壊す前に罰を与える。
壊したあとでたたるのは悪霊でしょ。
それがこの国のしきたりってもんなのよ」
「そうでもないぞ。寝てる最中に
やしろだの寄代だのを壊されちまうのだっている」
「もー! うるさいなあ。わたしはわたしの力でやるの!
ここまで来たのに変な取引して魂を奪われる、
なんてさせないからね」
「はは、頼もしいな。なら、目をあけな。
そしたらそんな問題くらい、だいじょうぶだ」
「……え?」
「ま、今回は貸しでいいけど、返したけりゃ菓子でもいいぞ。
とくに落雁なんかいいんじゃないか?」
――う。
わたしはぼんやり目を開けた。
……目を、開けた?
「いっけない!」
思わずつぶやきながら時計に目をやる。
すぎた時間はたぶん五分くらい。
でも何も考えられなかった頭はすこしだけ、
文章の意味もわかるようになっていた。
あわてて目を走らせているといつ書いたのか
わからない眠い文字。
『たすけて 神様仏様ご先祖さま』
「あ」
思わず出た声に口をふさぐ。
あの声って、もしかして?
――不信心でごめんなさい。
心につぶやきながら、帰りに落雁を買いにいこうと
わたしは小さく心に決めた。