0811
2006-08-30
先払い後払い
 一番入りたい大学の入試試験の日。
問題を解いていたら急に頭がぐらぐらしてきた。
 ――他の日ならいつでもいい。でも今日だけはやめて。
 祈りながら問題に集中しようとしていると、
「よお、大変そうだな。力を貸そうか?」
 小さな男の子のような声。
「力を貸す?」
 そっとつぶやくと、
「そんなのくらい片付けてやるよ」
「だまれ悪魔」
 だるくて唇も動かせない中、わたしは言った。
「な、なんだよ」
「神様は先払いだって相場が決まってる。
悪魔はまずうまいことそそのかして、
やったあとでそれよりも大きいなにかを奪っていくんだ」
「神様の中にだって後払いできるのだっているさ」
「うそ。神様はおやしろを壊そうとしたら、壊す前に罰を与える。
壊したあとでたたるのは悪霊でしょ。
それがこの国のしきたりってもんなのよ」
「そうでもないぞ。寝てる最中に
やしろだの寄代だのを壊されちまうのだっている」
「もー! うるさいなあ。わたしはわたしの力でやるの! 
ここまで来たのに変な取引して魂を奪われる、
なんてさせないからね」
「はは、頼もしいな。なら、目をあけな。
そしたらそんな問題くらい、だいじょうぶだ」
「……え?」
「ま、今回は貸しでいいけど、返したけりゃ菓子でもいいぞ。
とくに落雁なんかいいんじゃないか?」

 ――う。
 わたしはぼんやり目を開けた。
 ……目を、開けた?
「いっけない!」
 思わずつぶやきながら時計に目をやる。
すぎた時間はたぶん五分くらい。
 でも何も考えられなかった頭はすこしだけ、
文章の意味もわかるようになっていた。
 あわてて目を走らせているといつ書いたのか
わからない眠い文字。
『たすけて 神様仏様ご先祖さま』
「あ」
 思わず出た声に口をふさぐ。
 あの声って、もしかして?

 ――不信心でごめんなさい。
 心につぶやきながら、帰りに落雁を買いにいこうと
わたしは小さく心に決めた。