0841
2006-09-06
どうせ口に入れば
 中年夫婦の二人が砂漠を歩いていた。
「あ〜、あちいー。腹減ったー。水のみてー」
 ぶつぶつとつぶやきながら歩く男。
彼らの飛行機が墜落し、投げ出されてから何日かが過ぎていた。
「このままじゃ命にも響いてきそうだから、
ほんとはわたしの分だったけどこれを渡しておくね」
 女が取り出したのは、紙に包んだ塩と缶入りの水。
「おお!」
 ひったくるように自分の手の中にそれを収め、
男はさっそく缶の蓋を開けた。
「蒸留水にはなんの栄養分もないんだから、
ちゃんと塩も取らないと汗かいて死ぬからね」
「わかってるよ」
 男は塩を缶に注ぐと、よく振って一口すすった。
「塩辛い」
「当然でしょ」
 彼女は舌先で塩をつつき、飲み込んでから水を含む。
「ああ、おいしい!」
 幸せそうに目を細める。
「よけい喉かわかないか?」
 その言葉に笑みを浮かべると、
「乾かないよ。塩水飲んでるわけじゃないからね」
「なにか違うのか?」
「もちろん。海から上がってそのままならひりひりするけど、
水を浴びたらさっぱりするでしょ? それが、今ののど」
「なんで教えてくれなかったんだよ」
 彼女は飛び切りの笑みを浮かべた。
「ずーっと言ってたよねえ? ごはんを食べるとき、
なんでも混ぜて食べるのはやめてって。
そのときあなたが言ってた言葉、覚えてる?」