0862
2006-09-12
しょうしゃさん
「わたしはねぇ、医者なんらよ」
 ずいぶんと飲んだらしい女性がカウンターで
ぶつぶつとつぶやいていた。
「お客さん、今夜はもうお帰りになったほうがよろしいですよ」
 交代してすぐわたしが声をかけると、
「わたしはねぇ、医者なんらよ」
 聞いているのかいないのか、不満げに声をあらげた。
「身元もわからない人も家に帰してあれられるのに。
らめものらっておいしくらめられるようにれきるのに。
お金らってあるんらよ〜。ぶぁかにしらいれよ」
 うつむき、眠りに落ちそうな体勢。
 こんなになってまで文句を言うなんて、
よっぽど嫌な事があったんだろう。
「お客さん」
 そっと肩に手を乗せると、
「むわー!」
 声かうめきかよくわからない音を出して
ぐたっと頭を振り、叫んだ。
「人生のしょうしゃなんら。……ハイシャっれ ゆーなあ!」