「なあ、破れ窓理論って知ってるか?」
会社帰り、ふと思い出して友人に訊くと、
「ん〜?」
怪訝そうな顔。優位を感じておれは続けた。
「破れた窓を放置しておくと、そこから連鎖的に犯罪が起こって
治安が悪くなるって話だ」
「……で?」
「え?」
「で、それが、なに?」
思わぬ言葉に答えあぐねて、
「いや、それだけ」
おれが言うと、
「ふーん」
つまらなそうな声を出した。
「それだと、治安を良くするにはどうすりゃいいんだ?」
「そりゃあ、小さな犯罪から取り締まればいいんだよ」
「じゃあ、今の治安が悪いのは、どの小さな犯罪のせいなんだ?」
「そんなのわかるか。それこそたくさんの積み重ねのせいだろ」
友人は小さなためいきをつく。
「それじゃ結局なにも説明してないじゃないか。
そんなどこの馬の骨とも知らない外国の学者一人が
唱えたものじゃなくても、
この国には名も無き偉大な先人たちが残した、
もっと優れた言葉があるってのに。この外国かぶれめ」
「なんなんだよ」
「『うそつきはどろぼうの始まり』ってな」
逆におれがためいき。
「それは個人の話だろ」
「違う。うそが堂々と話されることによって、
真実と真実を語ることの価値が下がる。
それが道徳の低下を招き、犯罪を起こし、隠しやすい環境を作る。
それにより軽犯罪が増え、治安が悪化。
がらの悪い相手をたしなめる地域の力も減り、
空き巣や強盗などの凶悪犯罪を起こす土壌を作るんだ」
……そう言われるとそんな気もするが、
破れ窓理論の説明ほぼそのままじゃないか。
「じゃ、それで言うと、今の治安が悪いのは
どのうそのせいなんだ?」
訊ねると、
「国の恥、政治屋だよ」
「じゃあ、治安を良くするにはどうすればいいんだって?」
「そんなの決まってる」
うんざりしたような顔で小さく肩をすくめて。
「嘘つくだけしか能が無い、政治屋どもを
かたっぱしから処分すればいいんだよ」