0928
2006-10-02
物より思い出より
 お葬式からひとつきほどたったある日の午後。
母から呼ばれて居間に行くと、
わたしと妹にそれぞれ封筒が手渡された。
 中をのぞいてみると、種類の違う古いおさつが何枚か。
「なにこれ?」
「おじいちゃんの形見分け」
 ぎくりと手が揺れて落としてしまいそうになった。
 ……と、
「いらない」
 妹の声。
 きちんと封筒に戻して母へと差し出す。
「どうして? 持っててくれたほうがおじいちゃんも喜ぶよ」
 手を立てる母。
「どうしてもいらなかったら使ってもいいんだし」
 何かを言おうと口を開きかけたけれど、
そのまま黙って部屋へ戻って行く。
「どうしたの?」
 おいついて覗き込むと、
「わたし、ひどいこと言ったよね」
 ぽつりとつぶやいた。
「おかあさん、悲しい顔してた」

「もっと悲しい顔してるのはここにいるけどね」
 驚く顔。
「なにかあった?」
 促すわたしに、
「これ、なんでわたしがもらっていいの?」
 真剣な目が返ってくる。
「形見なんだもん、そういうものでしょ?」
「だって、誰が送ってきたの?」
「うーん、多分、おばさん」
「なんでおばさんが、おじいちゃんのもの送ってくるの? 
おじいちゃん死んじゃったら、何してもいいの? 
それって何か違わない? だってわたし、これ、
おじいちゃんからもらったわけじゃないんだよ」
 妹の気持ちは多少わかる気はした。
でもその言葉を聞いたらきっと母は悲しむはずで。
わたしは妹を部屋に入れた。

「ねえ、おばさんだっておじいちゃんを亡くして
つらいのはわかるよね? どんな気持ちで
おじいちゃんのものを探して、それで送ったのかも
全然わからないわけじゃないでしょ?」
 小さなうなづき。
「そばに住んでたら、わたしたちだって
一緒に整理することになったと思う。
亡くなった人のお品を整理して、整理しながら物からも
『こんな人だったんだねえ』ってしのんで。
亡くなったけれど、その人のものをそばに置いて、
忘れずに思い出すよすがにしてくださいねって。
それが形見分けだし、わたしたちが受け取ったものの意味」
「でも、なんか違うと思う。
わたしたちがこうやってもらっちゃったら、
ただのおじいちゃんの形見になっちゃうでしょ? 
……お金あんまりなかったのに、
おじいちゃんはどんな気持ちでこのお金をしまってたの? 
これって、おじいちゃんがほんとになにかあったときのために
今までのどんなときにも使わずにしまってた、
すごく大事なものじゃないの?」
 必死な目でわたしを見る妹の頬に、涙が一筋つたった。
「おじいちゃん死んじゃっただけで、
いなくなったわけじゃないんだよ。
なのに死んじゃったからって、大事なものを
おじいちゃんに訊かずに勝手に配って。
おじいちゃん困るよ。絶対困る!」
 わたしの腕を握り締め、涙にぬれる顔を訴えるように近づけて、
「わたし、こんなのなくたっておじいちゃんのこと忘れない。
どんなにたったってちゃんと思い出せるのに」
 小さく震える手、揺れる唇。
 歯をくいしばると、胸の奥から出るような声で叫んだ。
「こんなのいらない! 
おじいちゃんが生きててくれるだけでよかったのに!」