0935
2006-10-04
そんなんじゃないのに
「ねえ、彼って今日、どうしてた?」
 土曜の夜、友達から電話。
「ええ? 彼って、わたしの?」
「うんうん」
 弾む声を聞きながら、すこし思い出してみる。
「ん〜。昨日か今日か忘れたけど、
友達と遊ぶって聞いたような聞いてないような」
「じゃさ、駅前のファミレスで食べたりする?」
「ええ? うーん、そりゃあ行くことはあると思うけど……」
「わぁ〜! むふふふふふ」
「なんなの?」
 よくわからない歓声に訊ねると、
「ふっふっふっふ」
 受話器の向こうからいやらしい笑い。
「今日ね、たぶん彼みたよ。斜め後ろの席にいた」
「へええ? あ、チャーハン食べてたら、たぶん本物」
「……知らないよ、そんなの。って、そうじゃなくてさ。
えへへへへへへ」
「もう、なんなの? さっきから」
「それがねぇ、ふふふふふ。感謝してよ」

「で、なに?」
 もったいぶられるのもそろそろ限界で促せば、
「あう。それがさ、彼がね、友達の前で、
あなたのこと……好きだーって言ってたよ」
 自分で言うのも恥ずかしいように変な笑いで口にする。
「あはは、うそだぁ」
「む。ほんとだって」
 真剣みを込めた声。
「なんかいつかの連休に、ライブの券余ったから
一緒に行こうって誘われてて。そこで断って言うんだよ。
『だれか知らない他人全部に笑う空っぽの女なんてどうでもいい。
どんなにこっちが見つめたって、向こうはこっちのことなんか
目に入らないんだぞ?』って」
「あはは、うん、彼っぽい」
「それからさ、『そんなのに時間使うよりも、
そばにいて笑ってくれて話してくれる人と一緒にいたい』、
だって」
 普段の彼を思うと、つい笑ってしまう。
「あははは、まっさかぁ」
「ほんとだって! しかもみんなから
『彼女ができてから変わった』って冷やかされてたら……
『どうやっても――彼女が一番好きだから』って」
 彼の真似なのか、お芝居がかりながら友達は言った。
「あは、うそだ。絶対うそ」
「なーんでよぅ」
 ふくれた声が、急に不安げになって。
「もしかして、彼と仲悪いの?」
「ええ? そんなことは、ないと思うけど」

 次の日。
 彼に電話して、話の中で訊いてみた。
「ね、わたしのこと、好き?」
 すると彼は言いよどみ。ためらったあと、口にする。
「……嫌いだったら、一緒にいないよ」