0949
2006-10-08
エゴイスト
「なんで自殺なんかしようとしたの!」
 夜の闇の中かけつけた母親は、病院のベッドで
意識も朦朧と横たわる我が子を覆うように抱きしめ、泣いた。
「どうして……。もうたった二人の家族じゃない。
あなたが死んでどんなに悲しむかわからないの!? 
他に何もいらない。わたしはあなたが生きてるだけでいいのに」
 よかった、と様子を見ていた新人医はため息をつく。
自殺はきっと青年の一時の気の迷い。
この母親とならこれをきっかけにして、
新たに人生を見つめなおすこともできるだろう。
 そうして彼が退院してから一か月ほどのち。

「ただいまー!」
 母親は上機嫌で自宅の扉を開いた。
「帰ってきたよ。さびしかったでしょ?」
 まっすぐ息子の部屋へ行き、ベッドの上に横たわる
全体包帯巻きのこけしのようなものに頬を寄せる。
「うんちとおしっこはどうかな? 
今きれいきれいしてあげるからね」
 母親は根元から楽しげにおむつを抜くと
「あれ? あんまり出てないね。どこか調子悪いのかな?」
 タオルを手に、赤ん坊をあやすように言葉をかけた。
「う、う……」
 声のような音を出す、手も足も無い繭のような『それ』。
「だいじょうぶ、心配しないでみーんなおかあさんに任せて」
 彼女は薄く目を細めると、彼の耳元に口を寄せてささやく。
「他に何もいらない。わたしはあなたが生きてるだけでいいの」