0950
2006-10-09
フルーツバスケット
「たとえばだ、あるところに果物がいたとしよう」
 と、彼は言った。
「小さい頃はなにも気にせず暮らしていたけど、
大きくなるとフルーツバスケットに盛り付けられた。
でも自分ではその位置は違うと思って
位置を変わろうとしていると、周りの果物たちが言うんだ。
『おい、モモ。モモらしくちゃんとしてろよ』
『モモなんだからモモの場所にいてよ』
 驚いてそいつは思う。
『なに言ってんだ? おれ、バナナだぞ?』」
 そこで一息。彼は正面を見て訊ねる。
「さて、そいつはバナナなんだろうか? 
それともモモなんだろうか?」
「実際、どうなの?」
 訊き返す彼女に肩をすくめ、
「それを訊いてるんだ」
 彼の言葉に彼女は考える。
「うーん、バナナとモモなら、見た目でわかるだろうし……。
でも、自分でバナナって思ってるんだから、その点においては、
まぎれもなくバナナだよね」
「なるほど」
 小さくうなづき、彼は言う。

「じゃあ、あるところに一人の人間がいたとしよう。
小さい頃は特になにも気にしていなかったけれど、
中学校や高校で制服の中に盛り付けられると言われるんだ。
『おい、女なんだから女らしくちゃんとしてろよ』
『女の子でしょ? 恥ずかしいから女の子らしくしてよ』
 驚いてそいつは思う。
『なに言ってんだ? おれ、男だぞ?』」
 そこで彼は彼女に目を合わせ、静かに訊ねた。
「さて、そいつは男なんだろうか? それとも女なんだろうか?」