0959
2006-10-11
知らない
 部活の片付けも終わってみんなで教室に戻ると、
友達が先生と楽しそうに話していた。
 わたしたちに見せるものとは違う柔らかな笑顔に輝いた瞳。
本人に訊いたところで気付いてないかごまかすかの
どちらかだろうと思うけど。

「あ、来たね。帰る?」
 わたしたちに気付いた先生が言うと、
「うん。じゃ、また明日ね」
 友達は小さく手を振って、わたしたちのところに走ってきた。
「じゃあみんな、気をつけて帰りなよ」
 はーい。
 答えるわたしたちに笑顔を残して先生は廊下を歩いていく。

「いいのぉ? もっと話してても良かったのに」
 ひじでつつきながらわたしが言ったら、
「な、なによぅ。帰るの待ってたんだから、帰るでしょ?」
 にらむように応えた。
「なんならわたしたちだけで帰るから、もっと話してれば?」
「ああ〜、先生ー、行かないで〜!」
 冷やかすわたしたちにむくれ顔。
「なんでそうなるの。……ただちょうどいたから
話してただけだって。そもそもあんな年上じゃない」
「うんうん」
 友達を軽く囲むようにわたしたちは言った。
 「わたしたちからすればおじさんだしねえ」
 「そのわりに黒板もうまくないし」
 「冗談はつまんないし。まじめ以外にとりえは無いし」
 「授業は堅苦しくて息が詰まるし」
 「ネクタイなんて三本しかないって言ってたしね」
 「スラックスだって何日も同じの履いてるし」
 「あんなの気にする人いないよね」
 すると、
「なに知ってるの!?」
 廊下なのに本気で叫んだ。
「先生がどれだけがんばってるか知ってるの? 
毎日何時間も授業のためにプリントとか作ってるんだよ。
放課後にだって黒板書く練習してるし、部活の練習で
朝早くから来たら寝る時間なんてほとんどないのに。
だから休みの日だってくたくたで
クリーニングも出しにいけないし、
服だって買いに行けないんじゃない!」
「うんうん」
 びっくりしながらうなづくわたしに、はっと気付いた顔をする。
 そのままぎこちなくわたしたちを見回して……
頬がおもしろいくらい一気に真っ赤に染まった。
「だましたなぁ」
 涙目の消えてしまいそうな声で。
「あはは、ごめん。でも先生のこと、ずいぶん知ってるねえ」
 すると彼女は顔をそらして、叫んだ。
「し……しらないっ!」