0974
2006-10-13
大女優
 彼――ゴシップ紙の編集長――は、
渡された写真を見ながら長いため息をついた。
「おい、なんなんだよ、これは。パパラッチだろ?」
 机の上に投げた封筒からは何十枚もの写真。
そのどれもが優雅にポーズをつけ、
目線がカメラに向けられた女性が映っている。
「どうすんだ、こんなもん。いくら彼女が大物女優だって、
こんなブロマイドもどきを載せてちゃ
売れないことくらいわからないのか?」
「いや、それがですね。ちゃんと望遠で……」
「だまれ。言い訳はいい。いい写真、いいネタをものにするまで
帰ってくるな!」
 出しかけた言葉を遮られ、重い足取りで出て行くカメラマン。
 編集長はその後姿を見ながら歯軋りした。
 ……大物のわりにサービス精神旺盛なのはありがたい。
だが完璧なまでに常に女優として振舞う、
そのうさんくさい仮面は気にいらん。
いつかどうにかしてあばいてやるからな!

 一方、彼女の自宅から、そう離れていないビルの屋上。
 彼――雇われた狙撃手――は、ライフルについた
スコープのキャップを外し、覗いた。
 映し出されるバルコニー。いつもの時間、いつものように
夕食を終えた彼女がカクテルを手に、夜風を受けに出てくる。
「あんたに個人的な恨みはないが……。恨むならおれじゃなく、
他人に妬まれる自分の大女優の資質にしてくれよ」
 彼がつぶやき、注文どおり彼女の顔に狙いをつけると――
彼女の視線はまっすぐ彼の目を射抜き、その顔はほほえみを浮かべた。
 飛びのくように顔をそらす彼。
 なんだ!? ばれたのか?
 ……いや、まさか。相手はただの女だぞ?
 苦笑いに頭を振り、激しく乱れる胸を落ち着けて
彼はまた照準器をのぞいた。
 そこに見えるのはどこかを見て笑う顔。
 やはりさっきのは偶然だと思った瞬間、
彼女の顔と目はまるで方位磁針のように彼をとらえた。
 そんな、まさか、依頼人が裏切ったのか?
 彼はあわてて引き上げる準備を始める。

「どうした、ハニー」
 彼――彼女の夫――はバルコニーで
突然いつもとは違う方向にポーズをとる彼女に訊ねた。
「そっちに何があるんだい?」
 すると彼女は深い笑みをたたえ、答える。
「ふふ。いつもよりもずっとずっと熱い、視線」