0993
2006-10-20
わたしの中の宝石
 わたしが制服のまま、知らないおっさんと
ホテルから出てくるところを――
家が近所のおにいちゃんに見られた。
 一瞬凍りつく二人の時間。大学の通り道でもないだろうし、
友達の家からの帰り?
 そんなことを考える間にもおにいちゃんは
ぎこちなく知らないふりをしてそのまま歩いて行った。
「じゃ、ここで。まったねえ」
 まだ物欲しそうにわたしを見るおっさんに手を振り、
わたしはおにいちゃんを追って駆け出す。

 ちょっと走って追いついて、
わたしは背中を押しながら声をだした。
「ひさしぶり」
 軽く驚いた顔がすこし悲しげになって。
「ああ、ひさしぶり」
 おにいちゃんは急ぐ足を緩めてくれた。
「制服、違うんだ?」
 前を向いたままの声。
「うん。さすがに自分の制服はね」
 それっきり何も言わなくなってしばらく歩くと、
「今は、それでいいかも知れない。でも、なにより大事な宝石は、
自分の中にしかないんだよ」
 わたしなんかを心配してくれるようにおにいちゃんは言った。
「うん! みんなわたしの中がすごく気持ちいいって言うしね」
 悲しい顔。
「そっか……。まあ、このことはおれの胸にしまっておくよ」
 わたしを見る目はとてもつらそうで。
「でも、君からそんな言葉は聞きたくなかったな」
「えへへ、ごめんね。じゃ、ここで」
 わたしは背中を向けて駆け出した。

 いい子のわたしはみんなと同じ。誰も気にしてくれなくて、
ただそこにいるだけの存在。どんな宝石だって、
見向きもされなきゃただの石ころ。
もったいなくて宝石箱に閉まったままの宝石なんて、意味もない。
 それならわたしは気楽なイミテーションがいい。
ニセモノだってわかってるけど、ニセモノだから愛してもらえる。
 なのに……。
「ばか……!」
 誰が? おにいちゃん? それともわたし?
 笑っていたかったのに、勝手に涙が落ちてくる。
 腕でぬぐってわたしはひたすら、道を走った。