1006
2006-10-25
ぼくらの仕組み
 学校からの帰り、駅のホームに下りる階段で
ベビーカーを苦労してたたもうとしている女の人がいた。
 片手には抱いたこども。さらにおなかも大きいようだ。
「よければ下まで運びますよ」
 おれの言葉に女性は顔をあげ、
「え? あ、すいません」
 あわてたように畳もうとする。
「もし下で使うんでしたら、そのままで運べますからいいですよ」
「え? どうもすいません」
 そこでおれは荷物ごと、落とさないように下まで持っていった。
「ありがとうございます」
 本当にほっとした顔で。
 いや、あはは……とかなんとか、応えるでもなく応えて
普段の乗り場所へ歩く。

 と。
「やさしいんだ」
 後ろから声。振り向いたそこには見慣れた制服――というより、
おれの彼女。
「別にそんなんじゃない。ただ、父さんが昔よく言ってたから」
「亡くなったお父さん? なんて言ってたの?」
「『女の人の大きなおなかには、未来と希望が入ってる。
抱えるだけでも大変だから、余裕があるならいたわらなくちゃ』」
「へええ」
 小さく驚いた顔をしながら、甘い甘い笑みをこぼした。
「うん?」
 見つめるおれに気付いて。
「いや。父さんが言ってた。
『女の子は、お砂糖菓子でできている。
かわいくてきれいで甘くて、乱暴にしたらぽきりと折れるんだ。
とびきり甘い子には悪い虫がどんどんやってくるから、
壊れないように食い物にされないように、守らなきゃいけない』」
 いまなら、それも本当かなと思う。
「ふふふ。じゃ、男の人は?」
「『男の体は誇りと信念でできてる。
だからこんなに硬くてゆるぎない。
でも硬すぎると逆におれるから、常に柔軟さももたなくちゃな』」
「ふふふ、かっこいいお父さんだね」
 そう言って楽しそうに笑った。
「でも、言うことはかっこよくても
本人はたいしたことなかったけどな」
 低い背にぷよぷよのおなか。
もっちりと握り締めながらおれは訊いたもんだ。
『これはなにでできてるの?』
 すると父さんは、
『おっさんの……いや、中年のたるんだ腹にはな、
食うものも食えず、出すこともできず、
溜め込んできた愚痴に苦労に憤りがつまってるんだ』
 そしてため息。
『だから、もっと優しくしてくれたっていいんだぞ』